息子と私の17歳
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:片山勢津子(ライティングゼミ9月コース)
初夏の風が頬を撫でる6月、いつものように駅へ急いでいた。
高架下に差しかかったその時、向こうの道の右手から、髪を靡かせながら自転車を漕ぐ少年が目に入った。
目の前を横切った時、無邪気に風を切るその姿に、思わず足を止めた。
「ウチの次男!?」
それは、紛れもなく高2の次男だった。電車通学なのに、すでに授業が始まっているはずなのに。自転車を乗り回して、学校を無断でサボっている? 鞄はどこ? 一体、どうしたの?
目を疑ったが、サドルから立ち上がってペダルを漕ぐ姿は無邪気で、今どき珍しい少年の顔だった。
自転車の前カゴには、風に飛ばされないように置かれた帽子が揺れていた。
息子は、中高一貫校に高校から通っていた。中3の秋に突然、「行きたい」と言い出した学校だ。目立つのが嫌いな性格だったので、いきなりの選択に驚いた。慌てて入学説明会にいて、「基礎学力があれば大丈夫」という言葉を信じて、受験した。
奇跡的に合格したものの、それからが大変だった。補習が始まったが付いていけない。泣きの涙で苦労しながら通った。こちらは励ますことしかできなかった。引きこもりになったらどうしようという心配が頭をよぎった。でも、それからやっと1年が過ぎ、ようやく付いていけるようになったと思っていた。それが、一体どうしたのだろう? あの幸せに満ちた顔は一体、なぜ?
夕食時、夕食時、息子に今日のことを聞くと、いつもの調子でかわされた。やはり勉強についていけなくてサボり始めたのだろうか。でも、あの表情は、やましさのない純真そのものだった。夫に話すと厄介なことになる。しばらくは様子を見ることにした。
何といっても17歳は難しい年頃だ。色んな事件が起きるのも、圧倒的に17歳が多い。ニュースでよく見る青年犯罪……バスジャックや強盗や凶悪事件など、無謀なことをしでかすのは大抵17歳だ。
長男が17歳の時も大変だった。心身を病んで一年間休学したという辛い経験がある。原因はアレルギー体質だが、長男の場合は真面目な性格も災いしてしまった。
息子たちは二人共、食品アレルギーが酷かった。皆と同じ食べ物がほとんど食べられない。呼吸困難のリスクがあるので、学校給食も一度も食べたことがない。お弁当を作るこちらも大変だが、当の本人達の苦労もかなりだったと想像する。
長男の不調は、自身の身体を改めて自覚した結果、出てきた症状だったと思う。体調の悪化から学校を休みがちになり、勉強について行けなくなり、引きこもりになっていった。真面目な息子が出した答えは、「もう一度やり直したい」。幸い、一年後に復学できたものの当時は不安が一杯で、いつ思い出してもこの年頃は難しいとやり場のない思いに駆られる。
そんな兄の様子を伺いながら、次男は育った。彼も同じアレルギー症状があったが、明るい性格で要領よくやっていた。正直、私は彼に助けられた。ちょっと暗い雰囲気になると、笑いを誘うようなキャラクターで、和ましてくれた。ひょっとして、あの日も私を励まそうと、目の前を通り過ぎた? いや、それはない! 学校をサボってまで、することはないだろう。ではなぜ?
ふと、自分の17歳を振り返った。私もアレルギー体質だが、昔のことはすっかり忘れていた。でも、そうだ。思い出した! 一度だけ、高校をコッソリと抜け出したことがある。あれも、高校2年生だ。きっかけは思い出せないが、別の生徒一人と校門で出会ったので、よほど何かつまらないことがあったのだと思う。二人で重い校門を開けて出て、一人で小さな喫茶店に寄った。カウンターしかない純喫茶で、お客は私しかいなくて、コーヒーを一人で飲んだはずだ。なぜか、ピーナツを入れた小さなガラスの器が、あったような気がする。タバコの香りがした。お店のママさんがタバコを吹かしていたのかも知れない。ママさんとしばらく話して、ちょっと大人になったような自由を感じた記憶が蘇る。あの時代、制服がなかったので早退しても目立たなかったが、ママさんにはサボったことがお見通しだった。そして、「そんなこと大したことじゃないわ」と、軽くあしらわれたような気がする。
あ! 息子も同じ気持ちだったのかな? あの時の私のように、なぜだか周囲の中で一人だけアンニュイになって、自分だけの自由な時間が欲しくなったのかもしれない。自転車を少年のように乗り回すなんて、可愛いじゃない。ああ、できることならあの時代にもう一度戻ってみたい。どんな未来が見えるだろう。
この歳になって過去を振り返ってみると、17歳は一つの転機だったのが分かる。ちょっとした変化に慣れた時、あるいは緊張が緩んだ時、なぜか人は自分を見失いそうになって考えてしまう。これで良いのかと、立ち止まりたくなる。その瞬間、ちょっとしたブラックボックスに嵌まる事がある。17歳は、その穴がきっと大きいのだと思う。子供から大人になる時期。その時にどう変化していくかは、人によって違う。ひょっとしたら、あの日の次男は大人への脱皮を始めていたのかもしれない。長男は脱皮に1年もかかってしまったわけだが、今となったらそれも良い経験だったと思う。
あれから二人共、色々あった。アレルギー発作を起こして救急搬送されたり、入院したり、本当に色々あった。そんな二人だが、それぞれ独立して、今は働いている。二人とも離れて暮らしているが、アレルギーとの付き合い方を夫々掴んだようだ。
でも、最近気がかりなのは、新しい業界に転職した次男だ。相変わらず、突拍子もないことをする。
転職当初は度々相談してきたが、最近は音信不通だ。ちょっと気になる。病んでいないだろうか。
躊躇したが、次男に電話をかけてみた。久々の電話に不審そうだったので、思わず高二の頃を思い出して「最近どうしてる? サボって自転車乗り回したりしてないよね」と、冗談交じりに聞いてみた。
電話の向こうで、次男は大声で笑った。その笑い声が、まるであの日の無邪気な顔そのものに思えて、胸の奥がじんわりと温かくなった。
口から出かかった「17歳の秘密」は、心の中にそっとしまった。「秘密の一つくらい、あってもいいよね」と、息子を信じて電話を切った。
***
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