メディアグランプリ

無難な人生を夢見ていたのに想定外の仕事で超有名人を激怒させてしまった男の末路


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:政本美紀(ライティング特講)
 
 
*この記事はフィクションです
 
よく晴れた1月の午後、僕は海岸通りに沿った大行列の最後尾にいる。
晴天とはいえ日差しは弱く、海からの風は身を切るように冷たい。足元から這い上がってくる寒さで膝が震え、耳は冷えきって頭痛までしてきた。
遥か行列の先にはたい焼きの屋台があり、僕の前に並ぶのは若い女子ばかり。
 
僕は売れない絵描きの父と看護師の母のもとで育った。父の絵は売れたためしがなく母はそのせいで苦労ばかりさせられていた。「お父さんはアーティストだから。アーティストが心を込めて作った絵や音楽には人を動かす力があるの」が、母の口癖だった。僕は、安定収入がなく家族に惨めな思いをさせる父のような生き方を心底軽蔑した。将来は公務員になって平穏な人生を送ろう。アルバイトを掛け持ちしながら奨学金で大学を出た僕は念願叶って地元の市役所に就職した。これで一生安泰だ!
だが、世の中そんなに甘くはなかった。想定していた部署とは全く違うところに配属されたのだ。僕の初めての職場は市民コンサートホール。2000席の客席を有する、首都圏でも有数のクラシック専用劇場で海が見えるホールとして知られている。
 
僕は今まで音楽や美術を毛嫌いしてきた。これらは一部の裕福な人たちのものであって、彼らに娯楽を提供するのは市役所の本来業務ではないと思っている。
僕の所属は事業課公演担当。ホール主催のコンサートを企画実施するところだ。こんなの僕のやるべき仕事じゃない、でも一日も早く本庁に異動させてもらうにはここで大過なく日々を送らなければ……。
 
ある日、僕は超大物ピアニスト大沢巌引退公演の担当を命じられた。公演前日にいきなりだった。というのも、課長と僕以外の課の職員全員がインフルエンザに倒れてしまったからだ。
気難しい方なので心してかかるようにと、課長からくぎを刺された。無理だ、どう考えても僕には、と嘆いているうちにその日がきた。
案の定、トラブル発生。
僕はエントランスで、大沢さんに届いた十数台ものスタンド花を課長の指示通りに並べていた。そこへ、楽屋口からの内線電話が鳴った。
「大沢さんがみえました」
「え、早すぎる、なぜ?」
数日前、熱で朦朧としていた先輩が大沢さんの事務所に、当日は午後 4時に来てください、と伝えるはずが 14時に来てください、と言ってしまったのだった。
予定より2時間も前に到着させられた大沢さんはすこぶる不機嫌だった。
課長と二人で平謝りしたが口もきいてもらえない。挙句、課長がつい口を滑らせた 「この担当者が何でもします、何なりとお申し付けください」 という一言で大沢さんがやっと口を開いた。
「何なりと、だね?」そして、楽屋の窓から見える大行列を指さした。
「あれ食べたいな」
それは最近大人気のスイーツ「バタークリームたい焼き」を求める大行列だった。
 
 寒空の下1時間並んで買ったたい焼きを楽屋に届けてもまだ大沢さんはおかんむりだった。
「遅いよ、待ちかねたよ」しかし、たい焼きを口にした途端、その態度は一変した。
「うまい!君もひとつどう?」
「いえ、 結構です」
たちまちたい焼きの紙袋は空になった。とても70代後半とは思えない食べっぷりだ。
「あー うまかった、君が10匹も買ってくるから食べ過ぎたよ ちょっと運動しないと、あれに乗ろうかな」
大沢さんが指さした先にあるのは、ホール向いの遊園地の海にせり出したジェットコースターだった。
課長は出演者を危険な目に遭わせるわけにいかないと言うが大沢さんのマネージャーは、機嫌を損ねると今日の公演が台無しになります、最悪帰るって言い出すかも、という。
全く、アーティストという人種はなぜこうも気紛れで人の迷惑を顧みないのだろう。
大沢さんを 1人で行かせるわけにいかないが、課長もマネージャーも首を横に振るばかり。
僕は、仕方なく苦手なジェットコースターに一緒に乗り込んだ。さっきたい焼き屋の行列に並んでいた時の10倍膝が震えている。涙目で絶叫する僕の隣で大沢さんは手を叩いて喜んだ。
楽屋に戻った大沢さんは上機嫌で 
「君にお礼をしたいな、そうだ! 今日の公演で君のために1曲プレゼントしよう」
「僕はお客様対応で公演をお聴きできないのです」
「残念、次の公演に君を招待したいけど、俺今日が引退公演だから次がないんだよ、
何か欲しい物ある?」
「お礼なんて、結構です」
「それじゃ俺の気が済まないよ。欲しいものを思いついたらいつでも電話して」
大沢さんはチラシの裏に携帯電話の番号を書いて渡してくれた。
 
楽屋から事務所に戻った僕を次なるトラブルが襲った。
トランシーバーをつけるやいなや、会場係の悲痛な叫びが飛び込んできた。
「大変です! すぐ来てください」
エントランスに駆けつけると初老の男性客二人がつかみ合いの喧嘩をしていた。
「そっちが列に割り込んだんだろ」
「指定席だから順番は関係ないだろ」
「マナーの問題なんだよ」
会場係が止めようとしても聞く耳を持たない。
二人を囲んで人だかりができている。開演時間は目前に迫っていた。
なんとか収めなければ。僕は電話を手に取った。
 
数分後、僕は相変わらず罵り合っている二人に呼びかけた。 
「お客様方、お話を伺いたいのでこちらへどうぞ」
二人を案内したのはピアノ庫だった。
「こんなところに連れてきて何のつもりだ」
「そうだ 早く警察呼べ」 
僕が黙ってピアノ庫の扉を閉じた瞬間、奥からピアノの音が響いてきた。
その音色に二人は口論を忘れて聴き入ってしまう。
ピアノを弾いていたのは大沢巌。ふいに演奏を止め、目を丸くする二人に告げた。
「この続きはホールで」
二人は嘘のように大人しくなり、連れだってピアノ庫を後にした。
 
コンサートが終わるとスタンディングオベーションが起きていた。さっきまで揉めていた二人は泣きながらハグしている。
 
課長と僕は駐車場に大沢さんを見送りに来た。
「大沢さんのおかげでお客様同士のトラブルも解決しました」
「俺のおかげではないよ、音楽の力さ」
「音楽の力、か」
呟いた僕の前を大沢さんを乗せたロールスロイスがゆっくりと遠ざかって行った。
 
 
 
 
***

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2025-01-23 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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