メディアグランプリ

言葉は私たちを嘘つきにし、世界を少しだけ透明にする(かもしれない)


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:あき(ライティング・ゼミ9月コース)
 
 
人は一日平均200もの嘘をつくという調査がある。もし、私たちがそんなにたくさんの嘘をついているとしたら、嘘は本当に悪いことなのだろうか?
 
私たちの嘘の大半は、たわいもないものだろう。病み上がりに出社して「大丈夫です」と言う時、パートナーがトースターに長く入れ過ぎたパンを「香ばしいよ」と笑顔で食べる時。私は罪悪感のかけらも持たず、それが嘘という自覚すらなしに嘘をつく。相手だって、「できればあと1日休みたかった」のも「もうちょっと薄いキツネ色のトーストが美味しい」のも分かっている。だから、私のささやかな嘘に笑顔で応えてくれるのだ。
 
善意の嘘。自分を守るための嘘。どんな嘘にも、その人が守りたい・隠したい真実のかけらがひそんでいると思う。
 
兄の家にホームステイしていた留学生が、出て行ってしまった。表向きの理由は「居心地が悪いから」だったそうだ。兄の家族にとっては寝耳に水の出来事だったらしく、彼女が去った「本当の理由」は何だったのだろうと、それぞれが思い巡らしている。料理が口に合わなかったのか、部屋が狭かったのか、一人でいる時間が長くて寂しかったのか。「何が良くなかったのかしら。どう思う?」と義理の姉に思い詰めたような顔で尋ねられて、とっさに言葉が出てこなかった。
 
数回しか会わなかったが、家族が食卓で笑い合う中、笑顔を見せようと努力しているのが分かった。一度、彼女が何かを言いかけた瞬間があった。けれど、言葉を探している間に会話が流れてしまった。結局何も言わずに、彼女は「ごちそうさま」と箸をおいて、自分の部屋に戻ってしまった。その心細さげな笑顔は、彼女の努力の証でもあり、同時にその場に溶け込めないもどかしさを物語っているようだった。
 
デリケートな思いを伝えるだけの語学力が互いになかったのも理由の一つだろう。言葉はコミュニケーションツールなのに、ずいぶん不備の多い道具だと改めて思う。彼女が言葉にできなかった気持ちを想像するたび、文章を書くときに、言葉にしようとして、結果嘘をついてしまう自分を思い出す。言葉の不完全さは、人と人との間に誤解を生むだけでなく、自分の中にも歪みを作る。
 
文章を書くとき私が嘘をつくのは、言葉でつかみきれない感情や真実を浮かび上がらせるためだ。
 
子供時代の体験を、その子の母親になったふりをして書いたことがある。子供だった私は、自分が感じた理不尽さを表現する言葉を持たなかった。時間が経ち、「母親」の視点を借りることで、幼い心の代弁をしたのだ。「理不尽」という言葉が見つかるまでには、何度も自分の記憶を掘り起こし、曖昧な感情を言葉にし直した。その過程で、記憶の隅でわだかまっていた怒りや戸惑いを昇華することができたように感じた。大袈裟だろうか。
 
文章を書く中で嘘つき体験を重ねたからこそ、分かったことがいくつもある。嘘は、言葉にできなかった思いを照らし出す鏡だ。残念ながら、言葉にはどうしても嘘が混ざるし、言葉で表現できたことの奥には、必ず言葉にならなかった想いがある。そして、想いを言葉にするには、時間が必要なのだ。
 
だから、私には留学生の「居心地が悪い」という曖昧な言葉が、彼女の未熟さや孤独を映し出しているように思えてならない。本当の理由ではないにしても、嘘とも言い切れないこの不透明な言葉が、今の彼女の精一杯なのだ。おそらく本人にも自分自身の気持ちがまだ分からないのだろう。
 
だけれど例えば10年後、彼女は「あの居心地の悪さは、私が自分に嘘をついていたからかもしれない」と気づくかもしれない。そして、その嘘の中に隠れていたほんとうの気持ちを言葉にすることで、ようやく過去の感情に決着をつけることができるのだ。そんな妄想が現実になることを、本気で願う私がいる。
 
高校の時に、日本にホームステイしたことがあるの。ホストファミリーは、英語はそんなに得意じゃなかったけれど、みんな笑顔で話しかけてくれた。ホストマザーはお弁当を毎日作ってくれた。
今思えば、ホームシックだったんだろうけど、日本語が思ったより上達しないことにイライラして、自分はよそ者だっていう感じがどんどん強くなっちゃった。食事の時、みんなが何か言って笑っているのを、「私をのけものにしてる!」って感じたり。ひねくれてるよね。「え、何が楽しいのか教えて?」って聞けばよかっただけなのに、あの時はそれができなかった。あんなに親切にしてもらったのに。お弁当わざと残したりして、私、子供だったな。
 
嘘で一時的に濁った水面の下では、真実がすくい上げられるのを待っている。時間と共に水面が落ち着けば、言葉でつかまえることができるくらいにはっきり見えてくる。その時、嘘は真実の一部となるのだ。
 
今日も私は言葉を紡ぎながら、嘘に映し出されるほんとうのことを探している。私たちが経験する小さな嘘やすれ違いは、時間をかけて大きな理解や共感につながっていくと信じて。
 
 
 
 
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2025-01-23 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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