メディアグランプリ

スーパースターと名もなき人達でつなぐ1.17


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:春紀 沙和(ライティング・ゼミ9月コース)
 
 
あの日と、あの後の日々の記憶は、鮮明でもあり、曖昧でもある。
 
1995年1月17日午前5時46分。
大阪東部のとある町に住んでいた私は、当時4歳。大阪の街も揺れた。
 
確か、布団から顔を出そうとする私の頭を、父親が必死に押さえつけて守ってくれた。
その後も続く大きな揺れから身を守るために、身重の母親と机の下に隠れていた。
 
勢いが収まらない火災、瓦礫の山となった街。狭くて寒い避難所で暮らす被災した大勢の人達。
テレビで辛い映像を見ても、何が起こっているのか、幼い私はよく分かっていなかった。
 
「もう、神戸には住めないかもしれない」
 
被災地を離れ、私の近所に越してきた家族も何組かいた。
私の親友もそのうちの1人。
 
「家族は全員無事だったが、父親が倒れた家具で頭を怪我してしまった。前夜に食べたおでんの残りが入った鍋が、床一面にひっくり返ってしまった。だから、今でもおでんを見ると、どうしても地震のことを思い出してしまう」
 
親友が小学校の授業で読んだ作文は、今でもはっきりと覚えている。
 
2025年1月17日。
 
あの日から30年が経った日。
関西ローカルの朝の情報番組は、全て震災関連ニュースだった。
 
「妻と娘が焼け死んだ。救助にあたっていた自衛隊の方が焼け跡から骨を探してくれたが、2人分で片手分しか集められなかった。毎年追悼行事に行くのは、あの日の自分を悔いるため」
 
悲痛な思いを静かに語る遺族の姿に、きちんと向き合いたいが、あまりにも辛くて、目を背け、耳を塞ぎたくなってしまう。
 
心がズシンと重たくなった時、地震発生当時の大阪のスタジオの映像が流れた。
 
情報番組の生放送中。笑顔でカメラの前に立つ出演者達に、突然大きな揺れが襲う。
 
「地震です、逃げてください!」
 
必死に伝える女性アナウンサーの声は、アシスタントの「キャー」という悲鳴でかき消されてしまいそう。
 
天井に吊るされた照明が、今にも落ちてきそうな勢いで揺れ続ける。
 
その5分後、地震発生の第一報を伝えたのは、男性アナウンサーではなく、なぜか、隣に立っていた気象予報士。
現場が相当パニックになっていたことが、たった数分の映像だけで充分伝わってきた。
 
第一報を伝えた気象予報士は、今でも現役でTV出演している。関西では知らない人はいないほど、多くの人達から愛されている。そんな彼の、
「あの時の自分が発信していた情報が、みなさんの役に立っていたかどうかが、今でも分かりません」という告白。
 
いつも穏やかに天気予報を伝える姿とは真逆の、己の無力を悟るかのような語り口に、ショックを受けた。
 
 さらに考えされられたのが、1995年より後に産まれた世代にとって、阪神淡路大震災は、社会や道徳の授業で習う「教科書に出てくる出来事」だということ。
もちろん、若い世代も災害の恐ろしさは理解していると思うし、学校では防災に関する授業を受け、もしもに備えて行動している人だっている。
 ただ、あの日とあの後の日々が、本当に忘れ去られてしまう気がして、怖くなってしまった。
 
どうすれば、いつ来てもおかしくない災害から、命を守る行動につなげられるのか?
あの震災を経験した世代がどんどん減り、知らない世代がどんどん増えていく中で、何をどう伝えていくべきなのか?
そして、自分には何ができるのだろうか?
 
途方に暮れていた時、元メジャーリーガー・イチロー氏の会見映像を見た。
言わずもがな、日米両球界で長年に渡りトップレベルの活躍を続け、数々の前人未到の記録を樹立した、スーパースター。
野球殿堂に選ばれた会見の中で、阪神淡路大震災について語った。
 
1995年、当時のオリックスでプレーしていたイチロー氏は、神戸市にある選手寮に住んでいた。そこで被災する。
震災後のチームは「がんばろうKOBE」を合言葉にリーグ優勝。惜しくも日本シリーズでは敗退したが、翌年には見事、日本一も達成した。
 
「阪神・淡路大震災から30年が経ちます。当時、僕は21歳ですね。オリックスの寮で、あのときは休んで、眠っていましたが、初めて命の危機というか、『自分はこれで死んじゃうかもしれない』と」
 
少し涙目になりながら、続ける。
 
「寮があったエリアは、そんなに大きな被害がなかったわけですが、それでも、初めて命について考えさせられた時間でした」
 
言葉を選びながら、瞳を潤ませながら語る姿は、どんな時でもスマートでクール、ポーカーフェイス、という彼のイメージからかけ離れていた。
思わず釘付けになる。
 
「こういうことっていうのは、なかなか経験してない人たちに伝えていくということは、大変難しいことですが、当時被災者として経験した思いというのを、経験しなかった子どもたちに伝えていけたらな、というふうに思っています」
 
スーパースターの、優しくも力強い言葉に、心が救われたような気がした。
 
影響力のあるイチロー氏が、何か行動を起こせば、きっと多くの人が関心を抱き、世の中が変わるだろう。
 
 そして、一つの希望を見出した私は、スーパースターに何かを託すだけでは、足りないのでは、と感じるようにもなった。
確かに、誰もが知るスーパースターのイチロー氏と違って、私のような、影響力のない名もなき人間ができることは限られている。
でも、もしもの日が来る前に、自分自身と大切な人を守るために準備できることはたくさんある。
 
早速、実家に備蓄している非常食の賞味期限と、ペットボトルの水の本数を確認してみた。
そして、今回のことがきっかけで、パートナーが非常食などを揃えていないことが分かったので、今度防災グッズを渡すことにした。
 
あの日を忘れないために、1人でも多くの人達にとって明るい未来を築き上げるために、自分自身と大切な人達の笑顔を守り続けるために。できることをしていく。
 
スーパースターと名もなき人達で、1.17をつないでいく。
 
 
 
 
***

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2025-01-23 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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