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不甲斐ない嫁に義母がもたらした究極のレシピ


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記事:みちこ(ライティング・ゼミ11月コース)

 
 
「昔はこれほどでもなかったのに、SNSの影響なのかな」
 
人の波に身を任せながら、夫が言った。
1月2日、一宮駅からほど近い真清田神社は大勢の参拝客で賑わっている。
家族4人で夫の祖母と両親のお墓参り出掛け、そのついでに初詣に訪れたのだ。
 
繊維業で名を馳せ、日本三大七夕祭りの地とも言われたこの町で夫は生まれ育った。
けれども実家はもうない。義父が5年前に亡くなった時、夫も義兄妹もすでに持ち家があったため、やむなく処分することにしたのだ。思い出の詰まった家に大きなシャベルカーが爪を立てたとき、夫は泣いていた。
 
義母は、私が夫と結婚してから5年後、脊髄小脳変性症という病気により59歳で亡くなった。
原因は明確でなく、治療法もない難病だ。私が出会ったときにはすでに兆候があり、徐々に体の自由が利かなくなっていった。
 
義母は料理上手な人だった。
初めて夫の家に行ったとき、居酒屋かと思うほどの料理の数々にびっくりした。義父も義母もお酒が好きで、酒の肴は目と舌で覚えてくると言っていた。
後に、あの日の料理は私が来るというのでめちゃめちゃ頑張ったのだ、普段はもっと適当だと聞き、ほっとしたものだ。私があのレベルに達することは永遠にないだろう。
 
夫は6人家族だった。粋な明治女の祖母、波平さん似の父、明るい母、シャイな弟、そして元気な妹。いつも誰かがしゃべっていて、サザエさん一家のようだった。
台所は昔ながらの大家族仕様で、ザル、ボール、鍋などの調理器具が大小いくつも揃えてあり、使いやすいようにきちんと収納されていた。私は決して料理が得意ではないが、この学校の調理室のような台所で義母と料理を作るのは好きだった。
 
義母の料理の中でも、義父が一番好きだったのはカキフライだ。
仕込みに手間がかかり上手く揚げるのは難しいが、義母のカキフライは、外はさっくり、中はふっくらジューシーで、とても美味しかった。
 
義母の病気が進行していったとき、義父は仕事を辞めて介護に専念した。
夫と義弟妹は、交代で週末に訪れ、義父がゆっくりできる時間を作ることにした。
夫のターンのときは私も娘たちを連れて実家に行き、調理室のような台所で食事を作った。
 
「そろそろカキフライかな」
 
秋が深まる頃、義父が合い言葉のように言う。
私もカキフライが大好きなのでやる気だけはみなぎっていたが、ご想像どおり、数々の失敗を繰り返した。
 
「ぎゃー!」
「どうしたどうした」
「カキが爆発した!」
 
その他にも、黒焦げになったり、ちっちゃくなったり、べっちょりしてしまったり。
義父は気を使って「うみゃーよ」と言ってくれたが、出来栄えは毎回ギャンブルのようで、義母はさぞかしもどかしかったことだろう。水分取った? 火が強かったね、長く揚げ過ぎたね、温度が低過ぎたねと、的確なアドバイスをもらい、私の修行は続いた。
 
「もうよくならんでね。涙も出んわ」
 
嫁の私には決して弱音を吐かなかった義母が、ある日、ぽろっと言ったことがあった。
当時の私は未熟であり、幼い娘たちの世話に手いっぱいで、義母には何もできなかった。
そして義母の境遇を特別な不幸だと思い込み、何もできなかった自分を長らく悔いていた。
 
今年、私は義母と同じ年齢になる。
当時の義母と今の自分。二つのセロファンを重ねると、あの頃とは違う色が見えてくる。
 
今の私は若い頃に想像していたより元気だ。
見た目や身体的には年を重ねたが、精神的には二十代の頃とさほど変わっていない。好きなことも、これからやりたいこともまだまだ湧いてくる。けれども悲しいことに、健康と未来が当たり前ではないことも、できることには限界があることも知っている。そして、そこらへんの折り合いをつけるスキルも身につけている。
当時の義母もきっと同じだと思うのだ。
病気を知ったときの義母の気持ちは想像を絶するし、簡単には語れない。
けれども義母は折り合いをつけたのだと思う。子どもたちと笑い転げ、孫をかまい、義父に小言を言い、最後まであれこれと世話を焼いて明るかった。
そして義母と同い年の私から当時の私へ言いたい。そもそも、病気だったのは義母の人生のほんの少しの時期であり、その少しの時期だけを見て、義母の人生を不幸と決めつけるのは失礼だ。
 
義母は苦しむことなく、ある朝、永遠に目を覚まさなかった。
その穏やかな最期は、義母と家族への神様からのプレゼントのような気がした。
 
一宮に行ったら、カキフライを揚げたくなった。
私はスーパーで見つけたぷりぷりのカキを、水を張ったボールに泳がせた。
不甲斐ない嫁に義母がもたらした究極のレシピで、カキフライに挑む。
1 ボールに大根おろしを入れてカキを優しく洗う
2 カキの水気をキッチンペーパーでとことん取る
3 小麦粉を茶こしでまぶす
4 卵を溶いたボールにカキを全部入れ、フライ返しのように絡ませる
5 なべに入れた多めのパン粉にカキを一つずつ入れて揺すってまぶす
6 たっぷりの油を十分に熱し、五、六個を限度に1分半、その後火を強めて30秒揚げる
外はさくっと、中はふっくらジューシーなカキフライの完成だ。
 
「超おいしい!」
 
苦労して作った私の力作は、一瞬にしてなくなった。
 
 
 
 
***

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2025-01-23 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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