顔が動かない朝が教えてくれたこと
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:内山遼太(ライティング・ゼミ1月コース)
「突然、自分の顔が動かなくなる――そんな日が来るとは夢にも思わなかった」
ある朝、目覚めると、顔の片側が動かなくなっていた。目を閉じることも、口角を上げて笑うこともできない。その違和感は、日常生活のあらゆる瞬間に影響を及ぼした。歯を磨こうとしても口が閉じず水が漏れる。会話をしても言葉が不明瞭になる。最初のうちは「疲れのせいだろう」と楽観的に考えていたが、病院で「顔面神経麻痺」と診断されたとき、心の中に強い不安が押し寄せた。
この経験は、私にとって人生の一大転機だった。それは単に身体的な困難を伴うだけでなく、私の社会的な立ち位置や自己認識をも揺るがすものだった。誰もが一度は抱える「自分は何者で、何を価値としているのか」という問い。その答えを突きつけられるような日々が始まった。
顔面神経麻痺がまず私に教えたのは、「人は見た目に大きく依存している」ということだった。麻痺が原因で、笑顔を作ることができなくなったとき、私は人前に立つことすら怖くなった。顔の筋肉が思うように動かず、ぎこちない表情しか作れない自分に対し、周囲がどう感じるのかが気になって仕方がなかった。これまで無意識に築き上げてきた「見た目」による自信が、一瞬で崩れ去る経験だった。
この恐怖に直面して初めて、自分がどれほど他者の評価に敏感であり、見た目を通じて得られる「肯定感」に頼っていたかを思い知らされた。しかし、意を決して友人や同僚に会ったときの彼らの反応は、私の予想を良い意味で裏切った。彼らは外見の変化に動揺することなく、普段通りに接してくれたのだ。その温かい反応に触れることで、「自分がどのように見られているか」という恐れは次第に薄れていき、私は少しずつ自分の価値を見つめ直すことができるようになった。
また、顔面神経麻痺による表情の制限は、私に「言葉の力」を再発見させた。以前は表情や身振りで伝えていた感情や意思が表現できなくなり、言葉を用いて細かく伝える必要性を感じた。例えば、笑顔を見せられない分、「ありがとう」の一言に心を込める。簡単なフレーズ一つひとつが、相手とのコミュニケーションの鍵になることを痛感した。言葉を尽くすことで、表情の欠如を補おうとするたび、私自身の思考や感情が研ぎ澄まされていくように感じた。
こうした経験を経て、私は自分の社会的な「立ち位置」を改めて見直す必要性に迫られた。これまでは仕事においても、友人関係においても「完璧であろう」と努めてきた。しかし、顔面神経麻痺という状況の中では、どうしてもできないことが増える。完璧を求めること自体が無理なのだ。それを認めることには、大きな葛藤が伴ったが、次第に私は気づくようになった。それは、「完璧でなくても、他者との信頼関係は築ける」という事実だった。
ある日、私が苦労して説明した内容を、相手が忍耐強く聞いてくれた瞬間があった。そのとき、私は初めて「助けを求めることが他者とのつながりを深める」という感覚を味わったのだ。むしろ、不完全である自分をオープンにすることで、周囲の人々はより親身になり、助けの手を差し伸べてくれるようになった。それまで私は「他人に迷惑をかけるのは悪いこと」という考えに囚われていたが、この経験を通じて、人に頼ることの大切さとその中にある優しさを学ぶことができた。
そして、顔面神経麻痺を通じて、私は「受け入れる強さ」を見つけた。それは、「克服」ではなく「共存」するという考え方だった。麻痺が完全に治らない可能性は残されている。しかし、それは自分の人生における一つの「特徴」として受け入れ、その上でどう生きるかを考えればよいという結論に至ったのだ。過去の自分であれば、完治を目指して必死に戦い続けていただろう。しかし今の私は、この麻痺を否定するのではなく、むしろ自分の一部として肯定する心の余裕を持っている。
さらに、顔面神経麻痺を経験したことで得た大きな学びの一つは、他者との絆の重要性である。家族や友人、同僚が示してくれた支えや理解には言葉では言い尽くせないほどの感謝を感じた。それに加えて、同じような困難を抱える人たちとの出会いも、私に新たな希望をもたらしてくれた。オンラインコミュニティで顔面神経麻痺を経験した人々と交流を深める中で、私は自分が得た知見や気づきを共有し、それが他者にとっての励みとなる瞬間を味わうことができた。自分の経験が誰かの役に立つという感覚は、これまでにない充実感をもたらしてくれた。
振り返ると、顔面神経麻痺を経験する前の私は、自分の価値を「能力」や「見た目」といった外的な要素に求めていた。しかし今では、「自分がどのように他者と関わり、その中で何を与えられるか」にこそ、真の価値があると感じている。困難は私たちに苦しみをもたらすが、それと同時に、「本当に大切なもの」に気付かせてくれる。そして、それに気付くことで、人生はより深みを増し、新たな意味を持つ。
私は今、顔面神経麻痺を単なる障害や試練と捉えてはいない。それは私が自分自身を理解し、他者と向き合いながら、人生の中で新たな立ち位置を築くための大切な契機となった。この経験を糧に、私はこれからも新しい自分を探し続けていきたいと心から思う。
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