自炊イヤイヤ期がやってきたぞ!
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:永堀ちあき(ライティング・ゼミ1月コース)
いやな予感がする。
久しぶりに、あいつがやってきた。
「ハェ~~~やりたくね~~~~」
冷蔵庫の前をウロウロしながら、私は頭を抱えていた。
この前の土曜日に買った鶏むね肉は、今日が消費期限だ。
そう、これから私は、鶏むね肉を薄切りにして、スープを作る予定なんだ。ブロッコリーも入れて、温かくておいしいスープを……
イメージして、やる気を呼び覚まそうとした。しかし、冷蔵庫から出したてのお肉の冷たさを思い出して、震え上がった。なんてこった! 冬の台所×冷たいお肉=過酷。逆効果だった。
再び、あいつが近づいて来る気配がした。
不定期に現れる、あいつ。そう、「自炊イヤイヤ期」だ——!
***
一人暮らしを始めて5年目、基本的に食事は自炊するようにしている。
家賃は安くないし、リモート中心の仕事なので光熱費もなかなかかさむ。
だったら、削れる部分は変動費だということで、食費をうかせられる自炊が手っ取り早い。
もうひとつのきっかけは、新型コロナウイルスのパンデミックだった。その時期は、「おうち時間」をいかに楽しく過ごすかという情報が、あらゆるメディアにあふれた。その中に、「おうちごはん」すなわち自炊のレシピもたくさんあった。
テレビの料理番組や、人気のレシピサイトを見ながら、新しい料理を試してみるのは楽しいものだ。例えるなら、「カバー曲のレパートリーが増えた」という感覚に近い。
ギターやピアノを弾けるようになりたければ、まずは基本的な指づかいや和音を練習する。ある程度、基本が身に着いたら、過去の名曲やヒット曲を弾いてみる。
そうやって、一曲一曲「できた!」という成功体験を積み上げて、もっと上手になりたいという意欲もわく。
自炊も同じことで、「このレシピ、簡単でおいしかったな」「なぜか食べ飽きないし、また作ろう」と思える料理が増えていく。
そうして、レシピを見なくても作れる料理が増えてきたころ、ようやく自分の人生が始まった、と思った。
実家暮らしのころは、親が衣食住すべての世話をしてくれていた。
中でも「食」は、親による鉄壁のサイクルが組まれていた。台所で夕飯づくりが始まる時間から、曜日ごとに出てくる主菜・副菜の一皿一皿に至るまで、イレギュラーが存在しない“完璧なワークフロー”だった。
そんな具合だと、家庭科で「家族の朝食を作ってみよう」なんて宿題が出た日には、難攻不落の城を見上げるような気持ちになったものだ。
あまり詳しくは覚えていないが、堅固なルーティーンを少しだけゆるめてもらうのは、なかなか難しかったと思う。
もちろん、衣食住すべて、不足なく世話してくれた両親には、感謝しかない。そのおかげで、勉強にも部活にも、のびのびと取り組めた。
だが、さらに一歩先の自由があることは、一人暮らしをして初めてわかった。
衣食住、お金や時間の使い方、それらを自分で調整し、組み立てていっていいんだと知った。
中でも、「食」は、自分の命に直接かかわるものだ。
どんな食材を選び、なにをおいしいと思って食べるのか。自分の心身を、自分らしく作っているという実感は、他の何にも代えがたい。
また一つ、大人になったな、と思った。
さらに、コロナ禍以来の在宅勤務では、仕事と生活の切替えポイントにもなった。
ビジネスメール、見積、オンライン会議……言語と思考フル稼働の時間をいったん終わらせて、キッチンに立つ。小松菜がさくさくと切れる感触を楽しむ。しょうがをすりおろして、たちのぼる香りを深く吸い込む。
そうして、仕事モードの頭から、「手触り」「音」「香り」へと感覚をシフトさせていく。
この時間が好きだ。誰にも渡すものか、とさえ思う。
だからこそ、初めて「自炊イヤイヤ期」がやってきたときは、衝撃だった。
いつもの私「節約のために、せっかく食材を買ったのに」
イヤイヤ期の私「やだ」
いつもの私「自炊したほうが、健康のためにもいいって」
イヤイヤ期の私「やだっ」
いつもの私「仕事モードから気分転換にもなるんだし」
イヤイヤ期の私「やだーっ!!!!!!1」
理不尽すぎる。
あれだけ、「自炊は自分らしさを保つ時間」だとか「食材に触れて、五感を取り戻すのが好きだ」とか言っといて、それらを全部ぶん投げている。
で、肝心の「やだーっ」の中身はというと、
「なんか、めんどくさい!!!!!」
拍子抜けするほどシンプルだ。そう、めんどくさいのである。
大変な仕事を抱えていると、仕事が終わっても頭がいっぱいのままだ。食材の手ざわりだの香りだのを楽しむ余裕は、なくなる。そんなことより早くごはんにありつきたい。
夏は、炊飯器からごはんをよそうだけで汗が止まらない。冬は、冷蔵庫から出したてのお肉が冷たくて、こっちが凍えそうになる。
それを想像しただけで、「そんなにしてまでごはんを作らんといかんのか」と、途方に暮れる。
きょう食べたかったはずの、サバの切身の解凍を忘れた。
ブロッコリーのつぼみが飛び散って、片づけが大変。
調味料を何種類も入れなきゃいけないのがイヤ。
ジャガイモの芽が出てきちゃった。
かぼちゃがかたくて切りにくい。
そう、あらゆる言い訳が無限に出てくる。
こうなったら、どれだけ理屈を説いても、なだめすかしても、自炊イヤイヤ期はしばらく居座るだろう。
そんなとき、どうやって対応するのかというと。
しばらく自炊をやめてみることにした。
自炊をしなくても、思った以上になんとかなるものだ。
スーパーのお惣菜とか、冷凍食品とか、手軽でおいしい選択肢はたくさんある。
家でめったに作らない揚げ物とか、お寿司とかを買うのが定番だ。
あるいは、他の家事をがんばってみる。いつもより丁寧に掃除機をかけたり、クローゼットの衣服を総点検してみたり。
そうして自炊をお休みしても、意外と自己嫌悪に陥ったりしなかった。むしろ、「なぁんだ」と、肩の荷が下りた気分になる。ひょっとして、いつもがんばりすぎていたのかな。
そうこうしているうちに、自炊イヤイヤ期のほうから「そろそろおいとましようかな」と言って、去っていく。こっちも、スーパーで塩鮭の切身を手にしながら「しばらく来ないでおくれよ」と見送る。二度と来るなよ、とは思わないから不思議だ。
自炊は、私にとって大切な時間だ。でも、それが一時的にイヤになったからといって、自己嫌悪とか、アイデンティティの危機に陥るほどでもなかった。
むしろ、自炊をお休みすることで、「平気」と「なんかイヤ」の波をうまく乗りこなす方法を身に着けた。その結果、どっこい5年間、自炊は続いている。
また一つ、大人になったってことだと思う。
***
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