観光客なのに写真映えとは無縁な地域密着図書館に吸い込まれるなんて聞いてない
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:永堀ちあき(ライティング・ゼミ1月コース)
美しすぎる○○、なんてのは、SNSでよくバズる言葉だ。
「美しい」だけでも十分なのに、「すぎる」なんてのがくっついてくる。
強い言葉がエスカレートしていくこの時代に、私はちょっとうんざりしている。
そんな今だからこそ、強くないほうの魅力に出会ってみたい。
そうそう、「美しすぎる○○」で拡散される人気ネタの一つに、「図書館」がある。
開放的な吹き抜け、左右対称のおごそかな空間、ガラス張りの窓から豊かに降り注ぐ外光……さまざまなタイプの「美しすぎる図書館」は、写真映えする。
なるほど、この空間を味わうために、わざわざ遠出するのもいいだろう。
だが、「美しいかどうか」だけで世界を見ていると、たぶん、取りこぼしてしまうものがある。
私は、古都・鎌倉で、そんな図書館に遭遇した。
その日、鎌倉を訪れるのは初めてだった。まずは、観光ガイドブックのおすすめスポットを散策して楽しむ。
若宮大路、小町通り。長谷寺、鎌倉大仏、鶴岡八幡宮。鎌倉みやげ・鳩サブレーの総本店。
どれも「鎌倉にやってきたなあ」と、しみじみ浸れるスポットだ。
美しい風景を、写真にたくさんおさめた。
と、どうやら順調にめぐりすぎたようで、にわかに暇になってしまった。
ホテルのチェックインまで、中途半端に時間がある。
そうなれば、ここからは偶然のターン。興味のおもむくままに歩いてみるのがいい。
観光客でごった返す表通りから、静かな住宅街に入る。
たぶん旅行者ではなく、地元の人たちとすれ違う。
なるほど、物見遊山ではなく、“もしここに私の生活があったなら”と想像しながら歩くのも、おつなもんだな……と、ふわふわ考えていると、
「んん!? なんじゃこりゃ」
道路の向かいに、見慣れない建物が現れた。
木造の、平屋の建物だ。伝統的な屋根の形だし、寺か? いや、それにしては横に長すぎる。いや、横に長い寺は実際あるけど、たぶんこれはちがう。
しかも、屋根つきのちっちゃな塔みたいなものが2本、ツノよろしく生えている。なんだこれは。
道路を渡って、近くまで寄ってみると、それは小学校の塀の中にあった。
校門の表札から、小学校の名前だけはわかる。だが、この謎建築のことはわからない。
しかし、小学校の敷地だから、立ち入るわけにもいかない。
でも、知りたい。
この謎木造建築について、情報が得られそうなところは……
「美しい名所」じゃないほうのアンテナが、フル回転している。
そうだ、図書館は?
地図アプリで検索すると、あるではないか、小学校の目と鼻の先に。
こんなうまい話があっていいのか?
うまい話は大抵嘘だが、「図書館ないかな」と思ったら「ありまっせ」となるタイプのうまい話には、乗っかったほうがいい。
そこは、小さな公共図書館だった。
老紳士が閲覧台で新聞を読みふけり、小学生が調べ学習の本を借り、中高生は自習室で宿題にいそしむ。
故郷の図書館でも、よく見た風景だ。懐かしい。
そしてこの図書館、なかなか年季が入っていることが、空気感で伝わってくる。
「写真映え」なんかとは、たぶんほとんど縁がない。
しかし、住民の生活にずっと寄り添ってきたことは、この空間が物語っている。それはもう、写真よりも雄弁に。
「郷土資料」の書架を、上から順に、なめるように見ていく。
あの謎の木造建築が何者なのか、わかる資料は……
“○○小学校旧講堂 保存関連新聞記事”
これだ!
A4の二穴式ファイルの背表紙に、お手製のラベルが貼ってある。手作りのスクラップブックだ。
そう、求めていたのは、ここでしか見られない、こういう資料だ。
スクラップされた記事をめくっていく。
あの横長の木造建築は「旧講堂」と呼ばれ、明治時代の貴重な建物だった。
しかし、取り壊しや、保存活用の話が持ち上がっては消え、老朽化が進むばかりだったらしい。
話は、それにとどまらない。
その小学校には、同じく古い木造の校舎もあった。校舎も例によって老朽化には勝てず、新しい校舎が建つことになる。
しかし、校舎の新築についても、やはり議論が噴出していた。
「伝統ある木造校舎の雰囲気を、新校舎でも引き継ぐべきだ」VS「安全性の面からもコンクリート校舎がよい」の論争。
そして、学校の敷地の下から出てきた、鎌倉時代の役所の遺跡はどうするのか、という問題。
鎌倉市、教育委員会、PTAの保護者、地域住民……
さまざまな関係者が絡んで、約30年にわたる論戦が、どんどん複雑になっていく。
そして、どの関係者も、発言の端々に「古都・鎌倉であるからには」という意識が見え隠れする。
読みながら、汗をかいていた。
私は、今、このスクラップファイルに、圧倒されている。
どんなに小さな集会や意見交換会の記事も、失くさないぞ、という思いを感じる。
しかも、よりによって、新聞という、保存されにくいメディアを。
それらを一つ一つ読み込み、はさみで切り抜き、糊で台紙に貼り、ファイルに綴じる。
この一冊ができあがるまでに、執念ともいえる営みが、確かに存在したのだ。
この地で起きたことを、この地の人が書き残した言葉を、できるだけ記録して、後世に残す。
この小学校の、歴史の目撃者として。町の「知」の拠点たる図書館として。
いつか誰かが、この史料をひもとき、歴史を新たに語りなおしてくれると信じて。
思えば、人類って、そうやって知を継承してきたんだった。
閉館の時間になり、地元の人たちにまじって図書館を出た。
あたりはすっかり暗くなっていたが、ときどき足取りが浮き立つ。
この図書館に、足を踏み入れてよかった。
有名観光地は、美しい図書館は……というアンテナだけだと、決して出会えない場所だった。
その代わり、知と歴史の生き証人としての図書館に、触れることができた。
この世界は複雑だ。
だから、探索のためのアンテナは、いくつか持っておくといいんだろう。
美しすぎるかどうか、も大いによろしい。
でも、それだけじゃないアンテナがあれば、もっと面白い。
この発見が、私の大切な鎌倉みやげのひとつだ。
でも、鳩サブレーみたいに人に配って回れないので、こうして文章に残すことにした。
***
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