メディアグランプリ

彼岸に消えた犬を探して心の底で鬼と出逢う


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:菊子(ライティング・ゼミ3月コース)
 
 
お彼岸とはそもそも、煩悩の世界である「此岸(この世)」から悟りの世界「彼岸」に到達するための修業をする期間なのだとか。
煩悩の一つである「痴(ち)」は、無知や誤解、妄想などの心の状態を指すという。
 
***
 
「どこ、行っちゃったんだろう」
 
買って間もないワイヤレスイヤホンのケースがなくなった。
 
昨夜、寝しなに布団の中でYouTubeを見ようとして、イヤホンをケースから出した。
部屋は真っ暗だったけど、枕もとのテーブルに、ケースの入った柴犬のポーチを置いた、はず。
眠かったけど、隣で寝ている家族が起きないよう、ポーチのジッパーを閉める音に気をつけた。記憶は間違ってない、はず。
寝落ちして途中で目が覚めた時、着けていたイヤホンは外してテーブルに置いた。そしてあった。
 
ケースの入った柴だけがいなくなった。
 
テーブルの上も下も後ろのカーテンの裏も、いない。
さては置き方が悪くて布団の上に落ちたか。
やれやれ、布団を一枚一枚はがして捜索しないとダメか。
どこに隠れたんだい? 私のかわいいわんこ。
 
布団も毛布も柴も、全部が茶色。
だから、保護色の海原に溶け込んでいるだけで、すぐ見つかるだろうとタカを括っていた。
 
「おかしいな…… 全部めくったのに」
 
最近のワイヤレスイヤホンはケースが充電器になっていて、イヤホン単体だと充電が切れたらそこで終わり。
イヤホンには紛失時に探せるよう、音を出す機能がご丁寧に備えられている。
だが、ケースの紛失時に探せるような機能は搭載されていない。なぜ搭載してくれなかったんだ。
イヤホンのバッテリーは60%。
 
このままだと、清水の舞台から飛び降りるつもりで買った5万円のイヤホンが、高級耳栓になり果ててしまう。
てゆうか、今時「清水の舞台から飛び降りる」なんて表現使う人いるのか。
「清水の舞台から飛び降りる 死語」で検索したら、AIが、「死んだつもりになって思い切った決断をすることを意味する慣用句で、死語ではありません」と答えた。
そうか。死語ではないのか。てゆうか慣用句じゃなくてことわざだろう。AIもまだまだだな。
ことわざだって死語化してるものもありそうだが、ひとまず「キヨブタ」は死語らしいぞ。
 
犬を探してとんだ脇道に入ってしまった。
脇道に入ろうが布団をめくり返そうが、柴犬はまったく出てくる気配を見せない。
 
春分の祝日、本当は、3月から受講を始めたライティングのゼミ、第一回課題の記事を書く時間に充てていた。
なにしろ初めて二千字も書く課題なのだから、時間が取れる休日を有効に使いたい。
土日に書き始めたら、慣れてない私は月曜の提出に間に合わない。
 
なのに今、私は、犬を探している。時は15時。外は斜陽。
 
「あああああ! こんなことしてる場合じゃないのに! 早く課題にとりかからんといかんのに!!」
 
柴が見つからない焦りと、課題に充てた時間が失われる焦りで、気持ちはどんどん落ちていく。
清水の舞台から飛んだ先は奈落の底か。
 
小さい犬なんだから、まだそう遠くへ行っていないはず! 
いや、あの子には足がないから。そもそも自力で動くはずないから。
部屋全体を入念に探す。でも、見つからない。
 
ふと、ある考えが頭をもたげる。
 
 
「誰かが、どこかへ、連れて行ってしまったのかしら」
 
 
普通に考えたら、まず、ありえない。
落ちていて踏みそうだからと拾ったのであれば、家族はすぐにそう言うはず。
でも、聞けば犬なんて見なかったと。
 
こんな狭いスペースで、歩けないわんこが何処へ行こうというのか。
 
「見てないなんて言ってたけど、夜中に寝ぼけて動かしたりしてないかしら」
 
妄想が広がっていく。家族の私物の山に目をやる。
だって、こんなに、こんなに探したのに、どこにもいないんだよ!
おかしいよ!!
 
ハッと思い出した、最近聞いた知人たちの話。
認知症の親御さんが、
転倒した打撲の痛みを、転んだことを忘れて娘のせいだとなじったこと。
財布を入れた場所を忘れて、子供に盗られたと騒いだこと。
 
こういう、ことなのか。
 
私はアラフィフで、おそらく、認知症にはなっていないと思われる。
でも、心の中で起きていることはこの親御さんたちと変わらない。
 
奈落の底の暗闇で、痴の鬼が私を見て嗤う。
 
情けなくて泣きそうになってくる。
本物の犬なら、「ワン!」って、「ここにいるよ!」って、教えてくれるのに。
お願いだから鳴いてこたえてよ。
 
 
困ったときの神頼み、じゃないけれど。
私は趣味でタロット占いをしている。
失せ物探しはやったことないんだけどな……
カードの意味を読み違えれば、自分のへっぽこさで更にダメージを負うことになる。
でも、もう、頼れる方法が残されていない。
 
カードの結果は、部屋も台所もパッとしない。
強いて言えば、上。落ちてるはずなのに、上。
うえ?
 
「あっ……!」
 
瞬間閃いて、首の後ろのフードに手をやった。
 
「ずっとお側に、おりましたがな」
 
し、しばああぁぁぁぁぁ!!
 
寝る時はいつも、布団の上に着ていたフリースを被せている。
テーブルからころりと落ちた柴は、フードの中にもぐりこんだらしい。
……私の寝相の悪さゆえに。
 
***
 
お彼岸の間は、普段修行をしていない人も、(浄土があるとされる西方に)沈む太陽に祈りを捧げるのだとか。
煩悩を無くすために。
祈りを捧げるべき太陽はもう、地平の向こうへ消えていた。
 
迷い犬を探して、心の暗闇に鬼を見た。
悟りへ向かう修業の日に、煩悩を抱えていることを試された気がした。
 
「七度尋ねて人を疑え(ななたびたずねてひとをうたがえ)」
 
もちろん、死語じゃないですよね。
 
 
 
 
***

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2025-03-27 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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