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家を買ったら諸行無常の天動説だった


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記事:菊子(ライティング・ゼミ3月コース)
 
 
自宅向かいの家の、解体工事が始まった。
向かいといっても、月極駐車場を一つ挟んだ先にある。
しかし、解体はじきに、この駐車場にも及ぶだろう。
 
……ずっと、この日が来ないことを願っていた。
 
***
 
今の家に越してきて十数年経つ。
 
昭和と平成の境目に建てられたこの家は、元は建売だったようで、同じつくりの戸建てが4件並んだうちのひとつだ。
当時は4件まとめて建築許可を取ったらしく、玄関前の道は共有で使う私道の扱いで、公道に面していない我が家を含めた3件は、単独での再建築は不可となっていた。
そんな特殊環境で、お隣さんたちとはなんとなく運命共同体のような関係性になっている。
 
家屋はだいぶ老朽化していたが、南側に空き地のような駐車場があり、抜群の日当たりと破格の値段で購入を決めた。
貸主のやる気のない駐車場は、新規の客を取っていなかった。
だから、ここもいずれは建て替えの進む、ご近所同様の末路を辿るに違いない。
でも、それはずっとずっと先のことだろうと、思っていた。
 
聞けば、駐車場の貸主は、その隣に建つ広い自宅と駐車場を丸ごと売ったのだとか。
あと1年もすれば、冬の柔らかな日差しが部屋まで入ることも、大きく広がる夜空を眺めることも、出来なくなってしまうだろう。
 
この家に入居してからずっと、周囲の環境が目まぐるしく変わっている。
 
引っ越して間もない頃、右隣の家に独居していた老婦人はホームに入った。
長らく空き家状態だったが、その後賃貸に出され、小さい子供のいる家族が入った。
毎日が子供の声で賑やかになり、赤ちゃんも生まれたが、数年するとより子育てのしやすい環境へと引っ越していった。
今では工房兼事務所として貸し出され、日中だけ人がいて、時折納品の車が来たりしている。
 
一番左奥の家は、数年前、売りに出された。
長いこと中古では買い手がつかず、最終的に私道を公衆用道路に変更し、要件を満たす道幅を確保して再建築するという。
我々運命共同体は、公衆用道路への変更に同意する判を押し、新しい家が建った。
この家は、立地の悪さからか遅々として完成しなかったが、買い手がつくまでも1年以上かかり、その間人が出入りしてとにかく落ち着かなかった。
 
この家もようやく主が定まり、落ち着いたとほっとしたところに、真打登場。
 
向かいの大掛かりな解体が決まった。
激しく地を震わせ、重機が大音量のうなり声を上げて家を裂く。
事務所で入った隣の女性が「怪獣が来たね」と言った。
 
***
 
私の生家は借家だった。そして両親は一生涯家を持たなかった。
父はそこそこ社交的であったが、近所付き合いはまるでせず、母は母で、人間嫌いだった。
家を買わなかった理由は金銭面など様々だったろうが、家を資産として持ち、ひとつの場所に定住することに負担を感じていたのではないか、と思っている。
 
そんな両親を見ていたからか、私も一生賃貸でよいと思っていた。
社交辞令をがんばらないと言えない私は、ご近所付き合いが本当に苦手だ。
最低限の挨拶とほんの少しの世間話。
その程度の関係性で適度な距離感が保てる賃貸のほうが気楽だと思っていた。
 
それに、子供の頃から片時も忘れたことがない、ある想いがある。
私は、昔でいうところの「都下」、23区外の東京に生まれ、育ってきた。
「東京」というより「関東」で生まれた子供たちは、
「いつか、第二の関東大震災が来る」ということを強く教わりながら育つ。
少なくとも、昭和の時代に生まれた私はそうだった。
だから、
 
「東京で家を持っても、その時が来ればなくなってしまうだろう」
 
そんな、諦めにも似たような想いが、心の隅にいつもあった。
 
にもかかわらず、家を買った。
理由はいくつかある。
夫が、賃貸生活を長く続ける気がないと言ったこと。
「自分の持ち物にならず、出ていくだけのお金」というのが彼の主張だ。
私は私で、自分の年齢も上がり、賃貸生活に不安を感じ始めてもいた。
 
そしてもうひとつ。
その頃、猫を飼っていた。
賃貸マンションはベランダが東向きで、昼前には部屋が暗くなる。
猫には、好きに歩き回れる広さがあり、日当たりの良い家でのびのび暮らしてもらいたかった。
猫にとってよい家なら、人にとってもよい家なはずだ。
 
中古物件でも、このマンションの賃料15年分位の額ならば、いずれ元も取れるだろう。
心を決めれば見つかるもので、運よく今の家に出会った。
仮に地震が来たとしても、後悔しないくらいにはよく生きてきた家だ。
 
根無し草で生きてきた私にも根が生えた。
 
家は「不動産」というくらいだし、この先は変化しない穏やかな生活が待っているのだろう、そう思った。
 
けれど、現実は違っていた。
「私」は、動かない。
でも、周囲は目まぐるしく変化していく。
 
まるで天動説のようだ。
自分の周りの星たちがぐるぐると動いていく。
 
そして、家を買っても歯車が狂うことはあり、離婚もすることになった。
動いていく星の中には、夫と猫も含まれていた。
 
***
 
この原稿を書いている間に、駐車場のアスファルトも掘り返された。
次は地盤改良の工事が始まるだろう。
 
「諸行無常」とは、すべての現象や事象は常に変化し、永遠に不変のものは存在しない、という考え方なのだそうだ。
 
変化って何だろう。
変わることを嫌う人には「忌(い)むもの」であり、好む人には「善きこと」になる。
 
「諸行無常」の考え方には、物事に執着することの無意味さを説き、人々に無常の理解と受け入れを促す役割も果たしている、とある。
 
自宅前の建て替えは「望まぬこと」ではあったけれど、
「すべては変わるもの」と、執着を手放してみる。
思えば、私はいつも「変わる」方を選んできた。
変わらないことを願っても、あらゆることは留めておけない。
ならば、変化を面白がりながら受けて立とう。
 
諸行無常の天動説、本当は地動説であって、自分もまためぐる星だったと、
いつか思う日が来るのだろう。
 
 
 
 
***

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2025-04-03 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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