メディアグランプリ

ゴン太が心を開くまで ~保護犬と歩んだ日々~


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:エバリン(ライティング・ゼミ3月コース)
 
 
 茶碗を洗いながら、ふと手を止めた。窓の外には春の光が差し込み、カウンター越しのリビングでは、我が家の番犬――いや、今や家族そのものとなったゴン太が、ソファの上でのんびりと私を見つめている。
「さて、今週の課題、何を書こうかな」
 天狼書院のライティング講座も3回目。毎回テーマは自由だけれど、それがかえって難しい。何を書くか思い浮かばないまま、食器洗い物だけがどんどん進んでいく。
 そんなとき、何気なく視線を上げた先にいたのがゴン太だった。 リビングの真ん中で、日なたに体を伸ばしているその姿を見た瞬間、自然に浮かんできた。
「そうだ、ゴン太のことを書こう」
 ゴン太が我が家にやってきたのは、3年前の初夏のことだった。雑種の保護犬で、どこか素朴で昔懐かしい和犬のような見た目。背中は茶色、口先は黒く、たれ耳で、足が大きくて立派だった。成長したらきっと大きな犬になるだろう――そんな印象を受けたのを覚えている。
 生まれて3か月ほどのとき、仙台の山奥で兄弟2匹と一緒に保護され、東京・中野の保護犬施設に送られてきたという。
 我が家とゴン太との出会いは、保護犬の譲渡会だった。
 会場の片隅、誰とも目を合わせず、ひとりで震えながらうずくまっていたゴン太。その姿に、息子が心を打たれた。「この子を迎えたい」と、まるで決意のように口にしたあの日のことを、今でもはっきりと覚えている。
 譲渡会の数日後、私たちは車でゴン太を家に連れて帰った。リビングには、あらかじめ用意しておいたケージが置かれていた。ゴン太をケージに入れ、息子が背を向けたほんの一瞬のこと。ゴン太はぴょんとジャンプしてケージから飛び出し、部屋の隅に座り込んで、きょろきょろと家の様子をうかがっていた。そして突然、すごい速さでソファの下に潜り込んだ。
 最初の夜、家族はゴン太の反応のすべてに気をつかいながら、できるだけ静かに過ごした。けれどもゴン太は頑なだった。それから約10日間、彼はソファの下からほとんど出てこなかった。見えるのは、黒く小さなマズルだけ。呼びかけても、近づいても、まるで気配を消すかのように動かない。食事も人の気配がないときにこっそり食べ、物音がするとすぐに奥へ引っ込んでしまう。まさに“恐怖のかたまり”だった。
 それから3年。時間は、少しずつ、でも確実にゴン太の心をほぐしていった。
 私たちは急がなかった。焦らなかった。
 彼のペースに合わせて、静かに、寄り添いながら待った。
 今では、家族の誰かが帰宅すると、玄関まで尻尾を振って出迎えてくれる。私が台所に立つと、そっと足元にやってきて、まるで「何作ってるの?」とでも言いたげにのぞき込む。お客さんが来たときには、最初こそ姿を隠すけれど、しばらくすると階段をそろそろと下りてきて、輪の中に入っていく。そして、なでてもらうと、嬉しそうに目を細めるのだ。
 番犬としての役目も立派に果たしている。配達員さんや郵便局の方が来ると、大きな声で吠えて家族に知らせてくれる。最近では、郵便局のお兄さんが気をつかって、足音を立てずにポストにそっと郵便物を入れてくれるようになった。
 ただ、いまだにリードをつけるのは怖いらしく、外に連れ出すことはできない。
 でも、私たちは信じている。いつかその日が来ることを。だからこそ、ゴン太のペースで、ゆっくり、無理せず、一緒に過ごしていこうと思っている。
 そんなゴン太が、つい先日、家族を救ってくれた。
 2週間前の早朝、家の中はまだ静まり返っていて、みんなが眠っていた。そのとき、突然ゴン太がものすごい声で吠えはじめた。あまりの異様さに、私は寝ぼけ眼をこすりながら階下へ降りた。すると、なんと88歳の母が自室で転倒していた。足が痛くて立てないという。すぐに骨折を疑い、救急車を呼んだ。病院での診断は大腿骨の骨折、全治3か月だった。
 もしゴン太があのとき知らせてくれなければ、私は母の異変に気づかず眠り続けていたかもしれない。あの警戒心の強かった保護犬が、今では我が家の安全を見守る使者になってくれた。
 信頼とは、時間をかけて少しずつ育まれていくものだ。
 無理やり開かせるのではなく、相手の心が自ら開いてくれるのを、静かに待つ。その大切さを、ゴン太は教えてくれた。
 今日も台所から視線を上げると、ゴン太がこちらを見ている。そのまなざしに込められたぬくもりに、私はそっと微笑み返した。
 
 
 
 
***

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2025-04-10 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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