扉の向こうは、また扉!
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:土佐 徳彦(ライティング・ゼミ集中コース)
「えっ、それが開いちゃったの?」
(……開けた覚えはないんだが)
世の中にはたくさんのドアがある。
引き戸、吊りドア、回転ドアに自動ドア。最近はタッチレスドアなんてハイテクなものまで登場している。
だが、人間関係の中にはもっと厄介な扉がある。
たとえば、夫婦間の「記憶のドア」だ。
このドア、実にやっかいである。開けたつもりがなくても、勝手に開いてしまう。しかも、風が吹いたような軽い一言で、バターン! と勢いよく開くのだ。
そしてその向こうから現れるのは、思い出したくもない「負の思い出」
それにしても、どうしてこうも自分の言葉は軽率にドアを開けてしまうのか。
考えてみれば、「口は災いのもと」なんて昔の人は本当に良く言ったものである。
かつて祖父がよく言っていた。「男が黙ることを覚えたら、一生の平和が約束される」と。なるほど、祖父の知恵は深い。けれど、それは僕のような男にとって、実に難しいチャレンジである。
翌日のランチタイム、会社の同僚に昨晩の一連の出来事を話した。
「君もか……実は俺も昨日、似たようなことがあったよ」
意外とこの問題、男性諸君には共通した悩みなのかもしれない。
……ある日の午後、僕はつい口を滑らせた。
「なんかさ、最近このカレー、ちょっと味変わった?」
その瞬間だった。妻の顔に、冷ややかな風が吹いた。
「あら、そう? それって“美味しくない”ってこと? “前のほうがよかった”ってこと?」
「いやいや、そんな深い意味はなくて……ちょっと風味が違うというか……うん、スパイスの話?」
このとき僕は知らなかった。すでに、「2020年9月25日 カレー事件」のドアが、音もなく開き始めていたことを。
「へぇ、でもあなた、前にもそう言ったわよね? “前のカレーのほうが好きだった”って。覚えてる?」
うわ、出た。過去の無意識発言が、精度高く記録されているGoogleのような妻の記憶から、しっかりと検索・再生される。
「あの時も、今回も、カレーよね。あなた、カレーに何かトラウマでもあるの?」
「いやいやいや、違う違う、ただ……ちょっとターメリックが強めかなって、軽い感想で……」
でも、すでに別のドアも開いてしまっていた。
「それにさ、思い出したけど——去年の誕生日、私がサプライズで作ったカレー、あなた“あっ、今日カレーなんだ”って言ったわよね。ちょっと落胆した顔、してたよ?」
まるでドアからドアへ通路がつながっている。これはもはや「高速道路の玉突き事故」だ。
「えーっと……そ、それは……俺、仕事疲れてたし……」
「それって、カレーに罪なすりつけるの?」
こっちが焦れば焦るほど、別のドアが開く。
「ついでに言わせてもらうけどさ、5年前の旅行の時も——“温泉なら草津のほうが好きだった”って言ったよね? あれも私、すごく傷ついたから」
完全に「開かずの扉」を無断開放された気分である。
なんなんだこのシステムは!
「もしかして……俺またやらかした?」
「もういいから……」
妻はそう言い放ち、静かに皿を洗いはじめた。
夜、風呂に入りながら反省した。
たしかに、どのドアも自分で開けた覚えはない。
だけど——開ける「きっかけ」をつくったのは、間違いなく僕のほうだ。
つまり、「ドアが勝手に開いた」と思っていたけれど、実際は「自動開閉センサーに自分が反応した」ってことかもしれない。
……よし。
次の日の朝。
僕は机に一枚の紙を置いた。
《ごめんなさいリスト》
1. 2019年:旅行中に言った「温泉は草津がいい」発言
2. 2020年:コロナ禍中に「髪切らないの?」と何気なく言った一言
3. 2021年:義母の料理を褒めすぎた日
4. 2022年:洗濯物を「色ごとに分けない派」宣言
5. 2023年:カレー連続発言一式(※超重要!)
そして、こう付け加えた。
「※このリストにある内容は、今後一切異議を唱えず、全面的に非を認め、真摯に謝罪いたします。 ごめんなさい」
朝食の席で、「……なにこれ、バカなの?」と微笑みながら言った。
「うん、バカだよ。でも、君の笑顔が見たいバカだから、いいんだよ」
妻はクシャクシャに笑いながらコーヒーをすすると、ボソリとこう言った。
「じゃあ、次に開けるドアは、冷蔵庫の掃除のドアでお願いね」
「え? それは“掃除の扉”……」
「異議、却下!」
その後、僕は冷蔵庫の奥に眠っていた“賞味期限のドア”を開けて、また一言やらかしてしまったのだ——
それはまた、別の話。
……結婚生活は、ドアの連続だ。
開けるドアもあれば、閉じたいドアもある。勝手に開いて困るドアもあるけれど、開いたからこそ、心が通じ合うことだってある。
だから今日も僕は思うのだ。
「それだけは開けないで!」っていう扉もあるけれど……。
うちの妻の記憶の扉は、常に“自動開閉モード”である。
でもそれでいい。
一緒に微笑みながら開けるドアもあると知っているから。
***
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