画家アンソニー・グリーンはエッセイストである
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記事:小川澄子(ライティング・ゼミ集中コース)
アンソニー・グリーンという人物をご存じだろうか。
検索すると、同姓同名の有名人が3名ヒットする。
ミュージシャンとプロレスラーが出てくるが、ここで紹介したいのは、「画家」のアンソニー・グリーンである。
グリーンは、1939年にイギリス・ロンドンで生まれた。
イギリスの美術界で長年にわたり活躍し、名門「ロイヤル・アカデミー・オブ・アーツ」の評議員にも任命された人物だ。
イギリスにおける現代具象絵画のひとりとして高く評価され、彼の独自のスタイルは多くの人々に強い印象を残してきた。
これまで世界各地で開催されたグリーンの個展は、おおよそ100回にものぼる。
その中には、日本国内での回顧展も含まれており、日本のファンにも広く親しまれている。
私がアンソニー・グリーンの作品と出会ったのは、静岡県伊東市にある池田20世紀美術館を訪れた時のことだった。
展示室の壁には、一般的な長方形のキャンバス作品が整然と並んでいた。
その中でふと目に飛び込んできたのが、異様な形をした作品だった。
まるで絵そのものが、枠から飛び出して自由に広がっているような印象だった。
私の目は、たちまちその作品に釘付けになった。
作品のタイトルは『化粧する母』。
細部まで丁寧に描き込まれた精密なタッチ。
しかしどこか、アニメーションのような柔らかさや親しみやすさも感じられる。
見れば見るほど、引き込まれてしまう不思議な絵だった。
絵の中には、グリーンの母、マドレーヌ・デュポンが登場する。
彼女はネグリジェを着て、バスルームの鏡の前に立ち、髪を整えている。
表情はあまりはっきりとは描かれていないが、イギリス的な花柄の壁紙、整然と並ぶ化粧品、バスマット、そしてベルベットの椅子から、強い女性らしさや華やかさが伝わってくる。
この作品をじっくり見ていると、ふと奇妙な感覚に襲われる。
まるで、バスルームの天井に設置された監視カメラで、のぞき見しているよう気分になってきた。
しかも、監視カメラは1台ではなく、複数台あり、全部を合成したような不思議な絵。
そう感じるのは、遠近感がゆがみ、空間が複雑に重なっているように見えるからだろう。
グリーンは2023年、83歳でこの世を去るまでの半世紀以上にわたり、主に自身の家庭生活を題材に作品を作り続けた。
中流階級の生活の細部を掘り下げる、まさに『化粧する母』のような作品が多い。
なぜ彼がここまで家庭の中にこだわったのか。
その理由のひとつは、彼自身の生い立ちにあるだろう。
グリーンは、タイヤ商人の父と、イギリス生まれのフランス人の母との間に生まれた。
両親は18年間の不幸な結婚生活ののち、父のアルコール依存症が原因で離婚。
当時12歳だったグリーンは、寄宿生として家族と離れて暮らすことになった。
そしてその翌年、母は再婚。
子どもにとっては、大きな喪失と変化の時期だったに違いない。
そんな彼が家庭に対して強い憧れを抱いたとしても不思議ではない。
16歳で美術学校に進学した彼は、そこでメアリーという女性と出会う。
1つ年上のメアリーは、のちにグリーンの妻となり、最愛のミューズとなる。
ふたりは政府奨学金を得て1年間フランスで過ごし、帰国後、グリーンが22歳の時に結婚した。
彼の作品には、しばしばメアリーとの暮らしが描かれている。
ソファで寄り添うふたり、ベッドに横たわる姿。
「心の中の絵には縁がない。つまり、長方形に収まる必要はない」。
これはグリーンの哲学だ。
人の記憶や感情には、時間や空間の制約など存在しない。
だからこそ、キャンバスの形も自由であるべきだと彼は考えた。
グリーンの変形キャンバスは、ただ奇をてらっているわけではない。
会話や動作、感情の流れまでもを視覚化し、それを自然に包み込む「かたち」を探し続けた結果なのだ。
愛があふれ、生活がにじみ出すその画面は、まさに物語を語るエッセイのようである。
つまり、アンソニー・グリーンは単なる画家ではない。
彼は、絵を用いたエッセイストなのである。
彼の作品には、日常の中の些細な出来事やささやかな感情が、誠実に、そして鮮やかに描かれている。
それは、彼が選んだ最も誠実で率直な「語りの方法」だったのだ。
グリーンの作品は、観る者の想像力を掻き立てる。
そして、彼が追い求めてきた家庭の幸せというものを、静かに、しかし確かに、私たちの心に届けてくれるのだ。
<参考文献>
Anthony Green Obituary – The Guardian (1 Mar 2023)
Anthony Green (1939 – ) – British Council Visual Arts
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