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食いしん坊の私が、繊細さを見つけた日


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記事:あんず(ライティング・ゼミ集中コース)
 
 
薄紅色・桃色・桜色・鴇色——どれも「ピンク」と呼べば呼べるけれど、それぞれの色にはそれぞれの色名がある。あなたはこれらの色の違いを見分けられますか?
 
私が「色」について意識したきっかけは、キノコである。
行きつけの八百屋さんに、珍しいキノコがたくさん入荷されてきたことがあった。
柳まつたけ・タモギダケ・野生なめこ・ヒラタケ……。そのどれもが、初めて見るものばかりの色とりどりのキノコたち。食べたことがないものは、食べてみたい。気づけば全種類のキノコを買っていた。食への飽くなき探究心が、私を突き動かしていたのだった。
 
食いしん坊な私のことはさておき、一際目を引く「トキイロヒラタケ」というキノコがあった。可愛らしい少しくすんだ上品なピンク色で、キノコにしては珍しい色をしていた。
「トキイロって何だろう?」
調べたところ「鴇色」という色名だった。鴇という鳥が飛ぶ時に見える風切羽のごく薄い赤をさし、桜色よりは少し濃く、桃色よりは薄い色とのこと。
 
それにしても、どうしてこんな繊細な色名を名前につけたのだろう?
「ヒラタケ」に同系色のものが多かったのではないかと仮説を立て「ヒラタケ」について調べてみた。代表的な「ヒラタケ」の仲間は五種類ほどあるが、「トキイロヒラタケ」と同色系統のものは見当たらない。それならば、どうしてわざわざこんな繊細な色名をつけたのだろう? もっと馴染みのある色を選択しても差し支えが無かったのではないか?
ただ「ピンク」と片づけられない、自然のなかのごく微細な色合いに、日本人はいつからこんなにも繊細だったのだろう。
 
そもそも「鴇色」とは、どんな風に日本人に親しまれてきた色なのだろう。
一般的に使われるようになったのは江戸時代からとされ、今では絶滅危惧種に認定されている「鴇」は、その頃日本の各地で見られる鳥だったようだ。その優雅な姿と淡い桃色の羽毛から、「縁起の良い鳥」として親しまれていた。とくに鴇色の羽は、朝焼けや夕焼けに染まる空と重ねられ、美の象徴とされていたようだ。
江戸の町を歩く人びとも、ふと空を見上げては「今日は鴇色の空だ」と話していたかもしれない。今ほど写真や照明がない時代だからこそ、人はもっと空や羽や花に色を見出し、それに名前を与え、心を寄せていたのだろう。
 
現代では俳句においても親しまれている色で、「鴇色」が持つ柔らかさや儚さ、そして日本の自然や季節感と深く結びついている作品が多く見られる。日常の中でふと目にする「鴇色」に、無意識のうちに「鴇」と重ね合わせ“幸せの兆し”を託していたようにも感じる。
 
鴇色の半襟に変へ初句会 三井美恵子
 
それは春を迎える嬉しさか、誰かと会う特別な気持ちか、作者は鴇色の半襟にどんな思いを込めて着替えたのだろうか。
 
ここで落語好きの私の脳内では、勝手に演目が始まる。
男「やー、今帰ったよ。今日はキノコが豊作だった。ほれ見てみろ」
(ちゃぶ台の上に、どっさりと竹の籠に盛られた色とりどりのキノコをいて威張る旦那)
女「おかえりなさい。本当だね。あらま、珍しい色のキノコだね。」
(山盛りのキノコに大喜びで駆け寄ってくる女房)
男「こんな色のキノコ初めて見たよな。形からヒラタケのようだが……。桃色か?」
女「いやいや、桃色よりはもっとこう儚い感じでさ」
男「ってことは桜色か?」
女「いやいや、桜色よりは、ちょっと濃い感じで」
男「なら、紅色か?」
女「いや、なんかもっとこう……、夕焼けを飛んでいく鴇のような色じゃないかい?」
男「なるほど。言われてみれば、そんな感じがしないでもない。今日はたくさんキノコが採れてよき日だ。じゃあ、幸運の鳥の鴇様にあやかってトキイロヒラタケと名付けようじゃあないの。よし、そうと決まったら一杯やろう。酒持ってこい」
女「あんた! 酒飲みたいだけじゃないかい」
 
……なんてやりとりがあったのだろうかと。
——もちろん実際には学名や分類があるのだけれど、そんな空想が生まれてしまうのも、鴇色の持つあたたかさゆえかもしれない。色に名前をつけた誰かのユーモアや感性を想像すると、少し心がほどける。
 
ただの食いしん坊の私が、繊細な色彩感覚に意識を向けた瞬間であった。
日常一纏めにしてしまっている色にも、歴史あり、込められた想いがある。私にとって鴇色は、ただの「ピンクの一種」ではなく、ふと立ち止まって何かに見とれる瞬間の色となった。その日常にこぼれ落ちるような美しさに、名前があるということに、ただただ驚いてしまう。
 
あなたの好きな色はどんな物語をまとっていますか?
そんなふうに色を見つめてみると、日常が美しい想いに満ちていることに気づけるかもしれません。
 
 
 
 
***

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2025-05-08 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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