煙と時間
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:土佐 徳彦(ライティング・ゼミ集中コース)
僕が子供を持つ前は、一日に40本のタバコを消費する、かなりのヘビースモーカーだった。まるで呼吸をするように、ジッポーを開けては火をつけ、閉じる。その単調なリズムが日常を刻んでいた。
もっと前、30年くらい前だろうか、飛行機の中でタバコが吸えるのは当たり前のことだった。ロンドンまでの13時間のフライト。窓から見える雲の海は白い綿菓子のようで、その下には見えない都市やオーシャンブルーの海が広がっていたはずだ。
今ならスマホ一つで数百本の映画が選べるけれど、当時はスクリーンに映る1本か2本の映画を、隣の見知らぬ誰かと共有するしかなかった。機内では、みんな映画を眺めながらウイスキーのミニボトルを開け、煙をくゆらせていた。
海外に行くこと自体も、今と比べものにならないほど特別だった。90年代の終わり頃、ロンドンの映画館ではまだ上映中にタバコが吸えた。スクリーンの光と暗闇の中を白い煙が漂っていく様子は、今となっては遠い夢の風景だ。
さらに遡れば、僕が小学生だった頃、担任の先生が教室でタバコを堂々と吸う光景が日常だった。休み時間に先生は黒板の前に立ちながら、ポケットからマルボロを取り出し、いつもの仕草で火をつける。
職員室は常に煙で満たされていて、先生たちはまるで霧の中の人影のように見えたものだ。
あの頃の山手線のホームでは、皆が自由にタバコを吸っていた。電車を待つ間の僅かな時間に、急いで一服。そして吸い終わった煙草は、何の躊躇もなく線路に投げ捨てる。
特に高田馬場駅の線路は、無数の吸い殻で埋め尽くされていた。雨が降ると、線路の水たまりが茶色く染まる光景を、僕は今でも覚えている。
さらに半世紀前には、親が子供に小銭を握らせてタバコを買いに行かせることも珍しくなかった。「お父さんのハイライトを一箱」。店の人は何も言わず、カウンターの下から赤いパッケージを出して子供に渡す。
蕎麦屋では昼間からサラリーマンたちが味噌ピーナッツをつまみながら酒を飲み、煙をふかしていた。
僕はその光景を、ガラス越しに眺めるのが好きだった。大人の世界には何か特別な秘密があるように思えた。
そんな話を今の若い人たちにすると、SFの出来事を聞くような顔をされる。でも、それは確かに僕らの日常だった。50年という時間は、人々の常識を変えてしまうには十分な長さなんだろう。
今やタバコは悪者だ。健康に悪いから、と厳しく規制されている。公共の場では当然のこと、自分の家ですらベランダで周りを確認してから吸う。そんな風に、僕らは常識が変わる瞬間をいくつも経験してきた。
今日、普通だと思っていることが、50年後には非常識になっているかもしれない。AIが進化し、自動運転車が街を走り、遺伝子編集された赤ん坊が生まれる時代。今の常識なんて、ちっぽけなものになるだろう。
不確実な未来の中で、僕たちはどう生きればいいのか。それは、未知なるものを恐れずに、好奇心を持ち続けることなのかもしれない。知らないことは確かに怖い。でも、そこで立ち止まってしまったら、新しい扉は決して開かない。
変化は避けられない。常識が変わることは歴史の流れそのものだ。だったら、それを楽しめばいい。心を開いて、新しいものを受け入れる。新しい常識を作っていくのは、他の誰でもない、僕ら自身なのだから。
かつては許されたことが今は許されない。今は想像もできないことが未来では当然になる。そんな世界で大切なのは、変化に対応できる柔軟さと前向きな姿勢だ。
ノンスモーカーの僕自身、一日40本のタバコを吸っていた過去を振り返り、時代と共に自分も変わったことを実感する。これからも変化は続くだろう。でも、それを恐れる必要はない。
不確実性は挑戦であると同時に、成長のチャンスでもある。そう思って僕は、最近ある場所に足繁く通うようになった。
そこは不思議な場所だ。本とコーヒーの匂いが漂う空間に、様々な人々が集まってくる。作家志望の若者、定年退職した元サラリーマン、子育てに忙しいママたち。皆が何かを求めて集まってくる。
最初は何となく立ち寄っただけだった。雨宿りするために入ったドアの向こうには、予想もしなかった世界が広がっていた。本だけではない。人と人が出会い、言葉を交わし、新しい物語が生まれる場所。
自宅に帰り、ネットで講座の案内を眺めていると、気づかないうちに申し込みボタンを押している自分がいる。小説の書き方、哲学カフェ、朗読会……。かつてタバコに夢中だった僕が、今は言葉に夢中になっている。
先週の夜、講座が終わった後、コーヒーを飲みながら窓の外を眺めていた。雨上がりの街は、どこか別の惑星のように輝いていた。
「次回も来ますか?」と隣に座った女性が尋ねた。
僕は微笑んで答えた。「ええ、もちろん」
帰り際、入口の看板を見上げた。すぐ近くには、世界一人が往来する交差点が見える場所だ。
「天狼院書店」
あっ、と僕は思った。これが僕の新しい煙草なのかもしれない。
***
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