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西安の激しい四季


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記事:及川佳織(ライティング・ゼミ3月コース)
 
 
「日本には四季がある」と言われる。日本ほど四季の移り変わりが豊かで、美しいところはないとも。
 
しかし、たいていのところに四季はある。私が留学していた中国の西安にもあった。この内陸の都市も、それぞれの季節がはっきりと別々の顔を見せていた。強いて言えば、移り変わりが豊かというよりは、移り変わりが激しいと言うべきだろうか。
 
西安に到着したのは冬だった。昼間はまあまあしのげたが、朝晩は本当に冷え込んだ。「身を切られる寒さ」という表現があるが、切られるというよりは、ぐいぐいと何かが身体の中に食い込んで来るような寒さだった。
 
日本では、底冷えのする冬の日の夜、晴れていれば月や星が美しく見える。しかし砂漠地帯が近い西安ではすっきり晴れるということはなく、月が見えても輪郭がぼやけ、惜しいなと思ったものだ。
 
こうした「晴れているなら、晴れているようにしてくれ」と言いたいような空が、ますますモヤってくると春である。日本でも春にはおなじみの黄砂が偏西風に乗って飛んでくる。ただ日本と違うのは、黄砂は西安には降らず、上空を通り抜けていくということだ。
 
黄砂が降らなくても、空気はほこりっぽい。そして、乾燥する。顔も手も足も、バリバリになる。中国人が日本に来ると、よく「馬油」を買って帰るというのは、中国に縁のある人には知られた話だ。なぜあんなに馬油が好きなんだろうと思っていたが、西安で春を過ごし、その理由がよくわかった。ここの乾燥ぐあいは、日本の女子御用達のローションやらボディクリームやらではまったく歯が立たない。動物の油を塗りたくらなければ、肌を守れないのである。
 
西安にも春には花が咲く。青龍寺というところに、唐代に日本から贈られた桜があるというので見に行った。日本人にとっては、見渡す限り満開になっているのが桜だ。ほこりっぽい空気の中、ぽつんと花をつけている1本だけの桜はがっかりではあったが、そのさびしい様子を見ていると、だんだんけなげに思えてきたものである。この桜も、間違いなく春を告げる花なのだ。
 
花が散ると、一気に夏になった。西安の夏は暑いことで有名である。しかし、暑くても乾燥しているので、蒸し暑さを「暑い」と感じる日本人にとっては、案外つらくない。私は大学の授業が終わると週に2回、太極拳を習いに行っていたのだが、冷房が入っていない体育館で練習していても平気だった。
 
しかし、テレビでは毎日気温が39.9度と報道されていた。昨日より暑いねと言っても、昨日より涼しいねと言っても、39.9度である。聞くところによると、中国では働く人の健康を守るため、気温が40度になると仕事が休みになるとのことだったので、休ませないために39.9度と言っているに違いないと言われていた。
 
ある日、太極拳の学校から電話がかかってきた。「今日はあまりに暑いので、授業は休みにする」とのこと。その日のテレビでも39.9度と言っていたが、果たして実際のところはどうだったのだろうか。
 
春から夏へも一気に季節が変わったが、夏から秋へはさらに劇的な変化だった。ある日雨が降り、その日から秋になったのである。
 
西安は基本的に雨が降らない。常に砂ぼこりでモヤっている薄晴れである。それが突然、毎日毎日、「バケツをひっくり返したような」という形容そのままに、土砂降りになった。西安は10月の2週間が雨季だ。それを除くとほとんど雨が降らないので、たぶん雨水を流す下水管が十分整備されていないのだろう。3日もたつと、キャンパスも街中もほぼ洪水状態になった。
 
大学の前は片道3車線の大きな通りで、歩道橋がかかっていた。学生たちはふだんは歩道橋を上り下りせず、長い信号を待つか、信号を無視して渡るかであったが、ごうごうと水が流れる道を前にしてなすすべなく、みんな素直に歩道橋を渡っていた。
 
ある日の授業で、先生が「20年くらい前、まだ歩道橋がない頃は、あの通りを船で渡していたものだ」と言っていた。まさかと思ったが、もうひざ下くらいまで上がっている水を見ると、嘘じゃなかったかもしれない。
 
そんなに降っても気温はあまり下がらない。寒くはないのでサンダルで歩きたいが、滑ってこわい。しかたなく、もう履き捨てるつもりで、裸足にスニーカーでじゃぶじゃぶ歩いた。
 
昼食を食べ、学生食堂から部屋に戻ろうとして、寮の前でアメリカから来ている年配の女性留学生に会った。クラスが違うので話したことはなかったが、顔はお互いわかっていて、あいさつくらいはする。
 
この時も笑顔で会釈してすれ違おうとしたら、突然「Can you swim?」と聞かれた。
 
えっ? 何? 近くのフィットネスクラブにでも誘おうとしてるの?
 
と思った瞬間、この洪水のことだとわかった。思わず笑いが出て、私も「Yeah, I have to learn」と答えると、彼女は陽気に笑いながらサムズアップしてくれた。
 
雨雲が切れてぱっと光が差した気がした。そう、もうすぐこの長い雨も終わるだろう。
 
そして、また冬がやってくるのだ。
 
 
 
 
***

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2025-05-15 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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