シャワーキャップの人物に、いつの日か大玉を渡したい
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:和田 千尋(ライティング・ゼミ3月コース)
ある日、街を歩いていると、目の前をシャワーキャップのようなものをかぶった男性が横切っていった。私は思わず、その姿に目を奪われた。ヘアサロンでカラーリングの途中か何かで抜け出したのだろうか。本人はというと、「流行、先取りしてますけど?」とでも言いたげな表情で、堂々とした足取りだった。
もしかしたら、あれはファッションなのかもしれない。帽子にも見えなくはない。だが、やはり気になる。
「今日は髪を洗わないんですか?」
と、のど元まで出かかったが、もちろん口には出さなかった。
そう、人に声をかけるかどうかの判断は難しい。それが相手にとってメリットになるとわかっていてもだ。
先日、ジャケットの背中の「ベンツ(切れ目)」に仕付け糸がついたままの男性が、エスカレーターの前に乗っていた。これは、教えてあげたほうがいい。でも、タイミングを探しているうちに、脳内会議が始まる。
「余計なお世話かも」
「怪しい人と思われないか」
「そもそも今言うタイミング?」
悩んでいるうちにエスカレーターは地上に着き、勇気は喉の奥に引っ込み、視線だけが彼の背中を見送った。
人と繋がるのはなかなか難しいなと思っていた矢先、追い打ちをかけるように夫宛てに一通のメールが届いた。
それは「貴殿の……」という不穏な呼びかけで始まっていた。ウチの建物が内装工事のため現在解体中で、その音が近隣に迷惑をかけているとの苦情だった。安全管理にも問題があり、登下校中の児童が敷地内に入り込んで何かあったらどうするのかといった内容だった。先日のお祭りに、町内会の手伝いとして参加していた息子に聞いたが、誰もそんなことを口にしなかったと言っていた。面と向かってはにこやかに話していた隣人が、家に帰るとパソコンに向かって「貴殿……」などと入力したのだろうか。
今まではポールのみだったが、「安全には配慮しています」と張り紙をつけた柵を厳重に張り巡らした。その足で手土産持参で、隣近所に挨拶に回った。「音が鳴っていたのは知ってましたが、気にはしていませんでしたよ」などの反応で、挨拶先からは特に何も言われなかった。
騒音についてそこまで事前に思い至ることができなかったのは、こちらの落ち度である。嫌な思いをされていた方がいらしたのは申し訳ない。ただ人は面と向かうと本音を言わない。でも、匿名メールや文書になると急にストレートになるのだとあらためて思い知らされた。しかし私も人のことは言えないことに気が付いた。面と向かって「それシャワーキャップかどうか気になります」とは言えないが、こうして文章にしている自分がいる。
相手の考えていることがわからないときの人付き合いは難しい。言いたいことがあるのに言えなかったり、逆に言いすぎてしまったりすることで、知らぬ間に人を傷つけることもある。沈黙は気まずいし、しゃべりすぎても浮く。そのバランスを保とうとするだけで、体力を消耗する。1日24時間常にLINE等のSNSでつながり続け、つぶやきという名の感想が瞬く間に世の中に出回る現在では、人間関係のストレスも相当なものだ。そのため匿名だと言葉がキツくなったり、相手の預かり知らぬところで辛辣になったり、気を遣わなくて良いAIに依存したりする。
そんな中、テレビなどで場の状況を即座に笑いに変えてしまえるタレントや芸人さんを見ると、心から尊敬の念を抱く。彼らは言葉を、運動会の種目である「大玉転がし」の大玉ように扱う。とっさに場の空気を話題に代えて俎上(頭上)に上げる、または近づいてきた大玉を相手へと繋ぎながら集団で笑いというゴールを目指す。自分に向けられた揶揄すら笑いに変え、その場を明るくする。終わりよければ全て良し。最後に出演者と視聴者とが共に笑うことで、それまでの毒は消え「面白かった」という印象のみが残る。テレビの中で披露されているのは話「術」だ。経験とセンス、そして人間への優しさが詰まった技術だと思う。
このような世の中だからこそ、ほんの一言で誰かとつながれる瞬間が、得難いと感じられるのだろう。それは、ほんの少しの勇気を出した、その一瞬に生まれるに違いない。自分もあんなふうに、即座に言葉を返し、場を明るくできる瞬発力がほしい。そうしたら、臆せず人に話しかけられるようになれるだろうか。
こうやって文章を書いていくことが、発信する自信につながっていると信じたい。この先で大玉を先へと渡すがごとく、勇気を出して言葉を解き放ってみよう。心のシャワーキャップがとれる日は、まだまだ先のことかもしれないけれど。
***
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