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親が子どもにできるたった一つのこと。


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:森 昭子(ライティング・ゼミ5月コース)
 
 
その日の朝、娘は前日に発作を起こしていたので我が家に帰ってきていました。発作があった翌日はいつも、娘を職場に行かせるべきかどうか迷うところ。
 
私の娘は27歳。4歳の時にてんかんを発病して、知的にも障がいがあります。薬を服用していますが、未だ発作のコントロールはできず、1ヶ月に1回、断続的に7〜8回程度の割合で意識を失う発作があります。ただ発作と発作の間は比較的元気なことも多く、ずっとぐったりしているわけではありません。元気そうにしていても突然意識を失うことがあるのでまさに不意打ち、親の私でもいつ発作が起きるか読めないところがあるのです。
 
そんな娘も、有り難いことに4年前に就職、ゆうパックセンターで働き、自立に向けてグループホームで生活、自分でお弁当を作って(火が使えないので自然解凍の冷凍食品一択ですが)毎日、喜んで仕事に行っています。
 
 
さて、その日の朝は、明け方に発作もなかった、朝起きた時の顔色もいい、頭痛もない、職場に行けそう……。だけど職場までは歩いて約20分。前も大丈夫だと思って行かせたら、突然知らない人から電話がかかってきて、道で発作を起こし前歯が折れていることを告げられたこともありました。職場に行きたいと泣く娘をみると「休まないといけません」と言えず、つい行かせてしまったのでした。
 
私はあの時のことを思い出し、娘のリュックサックを自転車の荷台に乗せ、自転車を押しながら一緒に歩いて娘の会社に行くことにしました。職場が大好きで、毎日でも行きたい!という娘の望みを叶えてやりたいと思いました。
 
一緒に歩いて娘の職場に行く途中、あと少しで到着というところで、前を歩く娘が突然、「うー」と声を出しながら動作が止まり、スローモーションで前へ倒れ込んでいきそうになりました。私はすぐに左手で娘を支えながら、右手で自転車を横倒しにしてその場に娘と座り込みました。
 
道行く人は何かあったのかなと思っているようでしたが、特に声をかけられることもありません。暫くして娘の意識が戻ったのを確認して、もう今日は無理だなぁと思った私は、職場まであと50メートルほどだったけれど、今来た道を帰ることにしました。
 
しばらく歩くとまた「うー」という声から始まって動作が止まり、倒れそうになる。その度に左手で娘を支え、右手で自転車をそのまま横に倒し、娘と一緒に道に座り込みました。
 
それが4回目のとき、自転車は歩道の白線をこえて横倒しになってしまいました。車が来たら迷惑かけちゃうなー、リュックのなかのお弁当はもうグチャグチャだろうなぁ、なんて思いながら、意識が朦朧として立ちあがろうとする娘の手や足を抑えているので、自転車まで手が届きません。車が来ませんようにと祈り、ただじっとしているしかありませんでした。
 
すると、前から自転車に乗ってきた60代くらいの女性が自転車から降りて声をかけてくれました。
 
「大丈夫ですか?」
 
「有難うございます、てんかん発作を持っていまして、今ちょうど発作を起こしてしまって……」
 
「じゃ、私は自転車を起こしますね」と、自分の自転車を停めて、私の自転車を起こしてくれました。
 
私が
「わざわざ自転車を停めて助けていただいてすみません、有難うございました。助かりました」と伝えると、
 
「私ね、学校関係の仕事なんですよ。今も学校に行ってきてね、帰っているところなんですけど、色々あってね、もうね、泣きながら今、帰っていたの。……だから、お二人を見たとき、助けたいって思ったの」
 
そしてつぶやくように
「自分が助けられたかったんだよね……」
 
と目にはうっすら涙が溜まっているようでした。
 
 
「あ、この感覚……」
幼い頃、いつ発作を起こすかわからない娘は、初めどこの幼稚園もなかなか預かってもらえませんでした。でも最後にうちでみましょうと言ってくれた先生に出会えて、その時に言ってくれた言葉は今でも鮮明に覚えています。
 
「◯◯ちゃんがいてくれることで、周りの人の底辺があがるんですよ」
 
当時、発作を起こしたらいつも迷惑をかけてしまうという思いと、なんでこの子を受け入れてくれないの?という社会への憤りを抱えて、どこか戦闘態勢だった私には、初めて娘の存在意義を言葉にして伝えてくれた出来事でした。
 
とは言っても、その言葉の意味を自分の中で腑に落とすには少し時間がかかりました。私は今朝と同じように娘が外で発作を起こして「大丈夫ですか?」と声をかけられても、
「大丈夫です」としか返せない時がありました。私は可哀想な人ではない! なるべく大ごとにならないようにひっそりと復活して元にもどりたい、などと一人で頑張っていました。
 
あれから約20年、いろんなことがありました。朝のラッシュの駅のホームで倒れて前歯が一本抜けた時も、駆けつけると、誰かが小さな前歯を拾ってくれていてそれを持って病院に走りました。ついこの間も通勤途中で発作を起こしてまた前歯が折れたけど、私が駆けつけるまでずっと娘のそばで寄り添って、ティッシュで娘の血を拭いて歯を包んでくれていました。
 
社会は温かい。不幸だと思われる出来事の中にも、人の温かさに触れられる「幸い」がいつもありました。
 
そして今は「助けてください、助かります」と、言えるようになりました。今朝は助けを素直に受け取ったら逆に何かしらお役にもたてたようで。
 
ドイツの哲学者フロムは「愛するということ」という自著の中で、親が子どもにできるたった一つのことは「この世の中が甘美だと伝えることだ」と語っています。究極これは、親自身が自分の人生が幸福であると感じているということ。
 
知らない人でも居合わせたご縁で、助けたり、助けられたり。
そんな甘美な世の中なんだよ、と娘に伝えられていれば嬉しいな。
 
あの日、自転車を起こして助けてくれた、名前も存じ上げないその女性は「じゃ、元気でね、気をつけてね」とにっこり笑ってまた自転車に乗って行かれました。
 
その後ろ姿からは「私も元気出してやってみるわ」と聞こえるようで、私もその声に励まされ、また娘と一緒に自転車を押しながら歩いて家に向かったのでした。 
 
 
参考文献
「愛するということ 新訳版」 エーリッヒ・フロム著 鈴木晶訳 紀伊国屋書店
 
 
 
 
***

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2025-05-29 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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