クラシックを聴きに行ったら、津波にさらわれていた話
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:前田 さやか(ライティング・ゼミ3月コース)
私は初めて知った。
音の持つ迫力は、まるで津波なのだ。
正直私は、72分も耐えられないと思っていた。勝手につまらない長編ドラマを覚悟していた。だって昔、クラシックの生演奏中に爆睡をした経験があるから。
でも全然違った。荒れ狂う波に、いつしか酔いしれていた。私は音楽の魔法にかけられていたようだ。
半年くらい前か。クラシックコンサートのサイトを見ていた。
「佐渡裕と反田恭平が名古屋に来る! すごすぎる」
両親に思わず声をかけた。
「ほんと! 聞いてみたい。チケット取ってほしいな」
返事を見るなり、ケータイで即予約をした。
佐渡裕(指揮者)、反田恭平(ピアニスト)の2人をご存知だろうか?
クラシック音楽界で言うところの、大谷翔平やダルビッシュ有レベルの人物だ。ウィーンで10年指揮をする佐渡と、世界中を飛び回る反田。この2人がコラボする。名古屋飛ばしをせずに来てくれるなんて! こんな嬉しいことはない。
コンサート当日。
会場に着くと、開演を待つ客で長い列ができていた。期待の高さを肌で感じる。チケットを受付で渡すと、引き換えにパンフレットが渡された。
「そもそも、何の曲が演奏されるんだっけ?」
座席に向かいながら、私はプログラムを開いた。
前半 モーツァルト:ピアノ協奏曲 第23番
休憩
後半 マーラー:交響曲 第5番
「マーラー? 誰? 私、知らないよ。どこのどなたさん?」
名前は聞いたことがあるかもしれない。しかし実際に、曲を聴いた記憶はない。
ホールへ入り、周りを見渡す。
熱心にプログラムを読む人、「マーラーの何番が好きか?」と語る人たちが目に入る。座席はクラシックファンで埋め尽くされていた。
「きっとこの中で、マーラーをわかってないのは私だけ!?」
その場にいることを、気負い始めていた。
席に着くと、団員が楽屋から出てきた。
「お! はじまる!」
壇上のオーケストラは20人くらい。まだ演奏者の周りには、空の椅子がたくさん並んでいた。
「これ、まさかマーラーの時に埋まるわけ?」
後半何が起こるのか、ドキドキし始めた。“ハープ”や“ドラ”のような楽器も置かれている。見たことのない楽器がスタンバっていた。
前半の演奏が始まった。
反田の美しすぎて、繊細なピアノの音色が、みるみる心を温めてくれた。溶け出しそうだった。穏やかな時間は、後半のための準備体操とも知らず、私は聞き惚れた。
休憩時間になり、トイレの列に並んだ。
すると遠くから、スタッフの声が聞こえてくる。驚くことを叫んでいた。
「後半のマーラーはとても長いです。72分あります。終わりは21時過ぎになります」
「演奏時間72分? いやドラマ2本分じゃないか!」
マーラーがとんでもない怪物に思えてきた。
座席へ戻ると、しばらくして照明が暗くなった。
楽屋の扉が開く。
すると数えきれない団員が出てきたのだ。扉の向こうのどこに、こんな人間を収容する箱があるのか? と疑った。ざっと数えて100人は舞台にいた。目の前でオーケストラが完全体になった瞬間だった。
マーラーの交響曲第5番が、ついに始まる。
佐渡の指揮棒が動いた。
100人の兵隊が突然動き出す。それは地響きに似ていた。地響きが圧倒的なエネルギーに変わり、津波となった。
「なんだか身動きが取れない!」
私は恐怖すら感じた。
第一楽章から第三楽章までは、津波の連続だった。佐渡が魔法のステッキを振り回し、全身で津波を起こす。時に波は怒り狂って、激しい音を立てた。
気づけば、私は波の威力に溺れかけていた。
「う! 苦しいぞ。クラシックでこんな体験があるなんて!」
“恐怖”が“興奮”へ変わっていく瞬間だった。
第四楽章は一転、波ひとつない水平線が広がった。
「あぁ。呼吸できるって幸せ」
久しぶりに味わう“静”の時間だ。束の間のリラックスタイムが訪れた。
すると佐渡が突然、小石を投げた。
徐々に水平線がまた揺らぎだす。さざなみだ。
「これはまた来るぞ。津波に準備だ!」
私は身構えた。
水面がうねりだす。ボリュームも上がり始める。オーケストラが高波へと変わろうとしていた。曲がついにフィナーレへ向かっていく。まるで地球上の全エネルギーが集まってくる感覚を覚えた。津波の連続攻撃と大量の水しぶきが、私をさらに興奮させていく。
ついに佐渡が両手を挙げた!
見えた! オーケストラの奥から大津波だ!
会場内は一斉に総立ちになった。
「ブラボー!」
鳴り止まない拍手が始まる。
振り返る佐渡は、汗びっしょりだ。その姿はまるで、嵐と戦った勇者にも見えた。団員も戦いを終え、勇者を祝福していた。
私にとって、音楽が波に思えたのは初めての経験だ。
そもそもフルオーケストラを初めて聞いた。これまで室内管弦楽とか、ピアノソロリサイタルとかは耳にしていた。どうやら私は、可愛らしい水族館を覗いていたようだ。
だが今日は違った。気がつけば、大海原に放り出されていたのだ。
マーラーとは何者なのか?
彼は「音で一冊の小説を書く」と称される作曲家らしい。テーマは生と死や愛。人生を音に託した人だった。その音楽のスケールは、常に“極限”を目指していたという。
彼はどんな顔をしているのか? 気になって調べてみたら、まるでイケメンな“マスオさん”が出てきた。するとなんだか、声をかけられた気がした。
「僕の音楽すごかった?」
「いやもう、すごいなんてもんじゃなかったです。津波が見えました」
「今日のは序の口。もっと聞いてご覧よ!」
――そうだ。またあの波に、呑まれてみたい。
私はようやく気づいた。
自分がすでに、“マーラー沼”に足を踏み入れていたことに。
***
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