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母の言うピンピンコロリは、幸せな死に方なのか考えてみた


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記事:中川 百(ライティング・ゼミ3月コース)
 
 
「私は、ピンピンコロリがいいわ」
母は、73歳。先日、孫の体育祭を観に来た時に、娘の私にポロリとこぼした。
ピンピンコロリか。死ぬ直前まで元気で、寝たきりにならずにコロリと死ぬというのが、母の理想の死に方だという。確かに、病気で苦しんだり、介護などで家族に負担をかけたりしたくはない、最期の時まで笑っていられたら、どんなに幸せだろうと、誰もが考えているのではないか。
そこで、ふと、考えた。
人は、様々な選択の自由を持っているが、死ぬタイミングを選んでもいいのだろうか。
死を自分で決めることで、本人も、その家族も悲しまなくて済むのだろうか。
 
私が死というものに直面したのは、28歳の時である。父を亡くした。
 
その知らせは、突然の兄からの着信であった。
父が交通事故を起こし、それに起因する脳出血で倒れ、病院に運ばれたという電話だった。池袋から、急いで、姉と一緒に、地元へと続く電車に乗りこんだ。
ラッピングされた水色のポロシャツが入った袋を抱えて。
奇しくも、数日後には、父の70歳を祝うための家族旅行を計画しており、その際に、父にプレゼントする洋服を姉と二人で買った直後のことであった。
 
「覚悟して来てくれ」
兄の言葉は重く、体中に不安が蔓延し、息苦しかった。
病院に着くと、父の病室へ通された。父は酸素マスクや色々なチューブに繋がれた状態でベッドに横たわっていた。姉と二人で駆け寄って、父の手を握ると、父がブンブンと手を揺らした。
後になって、医師から、あの脳の状態で手を動かしたのは奇跡だと言われたが、その時、確かに、父が力強く手を動かしてくれたことは、今でも忘れられない。
 
この非常事態に、家族として決断を迫られたのが、人工呼吸器をつけるか否か、である。
 
医師が言うには、父の脳出血の具合から判断すると、目を覚ます可能性はゼロに近い。人工呼吸器をつけるのは、延命措置に他ならない。一度つければ、肉体が耐えきれなくなるまで人工呼吸器を外すことはできない。ただし、つけなければ、待つのは死だ。家族の皆さん、つけるかつけないかご判断を……、という訳だ。
 
生きてきた中で、こんなに難しい選択を迫られることなど、そうそう無い。
父の死に直結する決断を、父本人ではなく、妻や娘、息子がするのだ。簡単なはずはない。
母と一緒に、父なら、どのような生き方を望むのかを懸命に考えた。
 
父は、生来せっかちな性格で、チューブやら管に繋がれるのは嫌だと話していた。繋がれたら、引っこ抜いてやる、みたいなことを平気で口にしていた。昭和の頑固親父なので、延命措置を受け入れるような性格ではなかった。結論として、家族が出した答えは、人工呼吸器はつけない、だった。
 
しかしながら、人の決断というのは、脆いものである。
父がいよいよ危ないとなって、家族や親戚と病院に駆けつけた。
父の死に際の姿を目にしたら、居てもたってもいられなくなって、私は、兄と一緒にナースステーションへ駈け込んだ。
「どうにか……、なにか……、してもらえませんか」
「人工呼吸器をつけないと決めた以上、他に手立てはありません」
 
父は、2週間の入院を経て逝ってしまった。
 
ここで、最初の問いを考えたい。
人は、死ぬタイミングを選んでもいいのだろうか。
死を自分で決めることで悲しまなくて済むのか。
 
考える上で、死を選べる制度「安楽死」について調べてみた。
日本では認められていないが、ベルギー、オランダ、スイス、アメリカのいくつかの州が合法化しているそうである。
「安楽死」と一括りに考えていたが、大きく3つの種類があるようだ。
一つは、父の例のように、延命措置を選択しなかった場合。
これは、「尊厳死」というらしい。延命措置を途中で中止する場合も含まれるそうだ。
父の様に、家族が判断する場合も、本人が判断する場合もあるだろう。自然に死ぬに任せるため、「消極的安楽死」に分類されるという。
反対に、「積極的安楽死」は何かというと、医師が薬物を注射するなどして死に至らしめることだという。
もう一つは、医師が点滴など薬物を入れ、ストッパーを患者が外すなどの方法で、患者の意思による自殺を手助けする「医師幇助自殺」があるようだ。
「安楽死」は、死に限りなく近いなど終末期の人の制度と考えていたが、合法化した国では、対象が終末期の人から、認知症患者、重度障害者、精神・知的・発達障害者、75歳以上の人、病気の子どもへと拡がりを見せているという。
 
調べれば調べるほど、様々な問題を孕んでいて、結論がつきづらいのだが、一つ言えることは、死は、どのような死であれ悲しいという事である。
「安楽死」を選んだ方の家族もまた、苦渋の決断を迫られるのである。
そして、冒頭の母の言葉、「ピンピンコロリ」も、生き残る者は、どうしたって悲しいのである。
では、どう向き合うか。
私の結論は、死にゆく者も、生き残る者も、どう納得できるかではないかと思う。
父の死に際して、私たちは、父が生前に残した言動を元に、最善と考える方法を選んだ。そして、多少の揺らぎはあるものの、その選択は間違っていなかったと思っている。
 
 
 
 
***

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2025-05-29 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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