60歳のわたしがハローワーク飯田橋にいた理由
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:和田 千尋(ライティングゼミ・3月コース)
その日、私はスニーカーを履いていた。
ヒールでも、パンプスでもない。
履き慣れて、少しくたびれたスニーカー。
駅の階段を降りるとき、つま先が擦れて音を立てた。
「本当に、ここまでしなきゃダメなのかな……」
誰に言うでもなく、心の中でつぶやいた。週に2日だけ働けるパート。それを見つけることが、こんなに難しいなんて。
ネットの求人サイトは、ボタンひとつでエントリーができる。基本その後企業からの連絡を待ち、専用フォームへ入力したり面接へ進んだりする。その面接で落ちることもあれば、フォームに入力したのみで数日後にぽんと「不採用メール」が届くこともある。
……余談だが、不採用通知は送り手によってずいぶん印象が違う。
定型文のような冷たいものもあれば、「弊社といたしましても大変苦慮した上での決定であることを申し添えます」「多数の企業の中から当社にご応募いただきましたことを感謝するとともに……」などと、心をほぐすような一文を添えてくれる会社もある。事実がどうあれ、言葉の力って、やっぱり大きいと感じる。
さて不採用が続くと、だんだん心がすり減っていく。
「○日までに連絡がなければ不採用とします」と、メールすら来ない企業も多い。
時間だけが過ぎて、気持ちがやさぐれていった。
これはもう、家で口を開けて待ってるだけじゃダメだ。親鳥のように情報を運んできてくれるWEBサイトに頼るのをやめて、自分の足で動こう。そう思って、ハローワークに行くことにした。
数日後、最寄りのハローワーク飯田橋へ。
華やかな街から少し離れた、コンクリートのビルが並ぶ一角にその施設はあった。
「こんにちは」
ぎこちなく声をかけて階段を上る。
受付にいた初老の男性が、にこやかに応じてくれた。
「どんなご用件でしょうか?」
……確かに仕事を探している。でも、本当に来た理由は「自分に何が足りないのか」を知りたくて。そんな青春真っ只中の自分探しみたいな動機を言っていいのか迷って、とっさにこう言った。
「あ、あの……いやその、仕事を……探しにきました」
声はだんだん小さくなって、自分でも情けない。
男性は笑顔のまま、1枚の用紙を差し出した。
「PCでも検索できますが、この用紙に記入していただければ、窓口で係の者と一緒に探せますよ」
静かなフロアで、画面を見つめる女性の姿が目に入る。
真剣な空気が張り詰めていた。私は、用紙を選んだ。
項目はごくシンプル。住所、電話番号、最終学歴、前職、希望条件など。でもこの紙1枚で判断されてしまうのかと思うと、心の奥から、あの声がする。
「やっぱり60歳だとダメなんじゃない」
そう、私は60歳。スキルもなく、即戦力にもなれず、見た目も性格も誇れるものはない。唯一言うことができるのは、今の仕事は6年間無遅刻無早退無欠勤という地味な結果だけだ。その中でも「年齢」という要素が今までの不採用にいちばん絡んでいる気がしていた。
法律では年齢制限は禁止されている。でも、不採用理由が開示されない以上、本当のところはわからない。応募用紙の年齢欄での「60」の数字が、企業の目にどう映るのか……それが一番、知りたいことだった。
やがて、窓口に呼ばれる。笑顔の女性が迎えてくれた。私も笑い返したつもりだったけど、顔はきっと引きつっていた。
「週2日で、近場で……できれば接客か、簡単な事務で」
そう伝えると、女性はうなずきながら画面を操作し、少し困ったような笑顔で言った。
「ありますけど……数は少ないですね」
わかってた。けど、改めて言われると胸が痛む。つい口に出してしまった。
「60歳だからですよね?」
「うーん、年齢というより、条件が限られていることが大きいかもしれません」
「週2日だと、やっぱり応募できる企業が少なくなっちゃうんです」
そうか、年齢じゃない……いや、年齢「だけ」じゃないのか。
「今は働ける60代も多いですし、企業も元気なシニアを求めていたりしますよ。でも即戦力と時間の自由度を求める会社が多いので、やっぱり難しい部分はありますね」
やさしい言葉。でも、少し刺さる。ただ、それは真実だ。
「60歳」「週2」「スキルなし」——この中で変えられないのは「60歳」だけ。なら他は少し柔らかくしても、もっとあがいてみてもいいのかもしれない。調理師免許とか合気道黒帯とか、持ってる資格を何かに無理矢理こじつけようか。
帰り道、またスニーカーのつま先が階段に当たった。でも、もうその音は気にならなかった。
「年齢のせいだ」と決めつけていたら、多分、これからも何も決まらないだろう。でも今日は、自分の足でハローワークまで行ったことで、ちょっとだけその思いを手放せた気がする。
まだ仕事は見つかっていないが、次に進む力は、少しだけ手に入れられた。
次は、ピカピカに磨いたパンプスで。もう一度、出かけてみようと思う。
***
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