私の義父はお尻の穴に光線を当てるような人なのだ。
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記事:森 昭子(ライティング・ゼミ5月コース)
私の義父(夫の父)は長野県松本市に住んでいる。
今、77歳。農家の6男坊で、義母と結婚するために婿養子に入った。
義父の朝は、漢字の練習から始まる。夫が高校時代に使っていた漢字ドリルを引っ張り出して、繰り返し折り込み広告の裏に漢字を練習している。かれこれもう30年以上、目的はなく、ただやることに意義があるらしい。
そばで義母は、ただやっているだけ、と冷ややかに見ている。
さらに、その手元、指の爪を見ると今どきの若い女性のようにツヤツヤツルツル光っている。農作業にはマニキュアが欠かせないらしい。塗っていると爪が割れにくいと義父は言う。だからずっと義父の爪は女の子なのだ。
無骨な指に桜貝のような爪、このギャップがたまらなく義父を表現している。
そんな義父は、若い頃、クレーンの会社に勤めていたが、ある日、会社を辞めて1500万円でトラッククレーンを1台購入、たった1人でフリーのクレーン使いになって家族を養った。
建築現場はもちろん、川や田んぼに落ちた車を吊り上げるなど、結構引く手あまたで、ブイブイいわせていたらしい。クレーンの荷台から落ちて左手を骨折した時は、右手だけてハンドルを握り、義母を左手がわりに助手席に乗せ、口で指示してギアチェンジ、凹む暇があったらやれることをやるのが義父流。
松茸をとるのも名人で、多い時は30本の松茸がリビングの机に並ぶ。
義父は教わるのが嫌い。むしろ教わっても、まず疑うところから始まる。松茸名人になるプロセスも初めは雑きのこしか採れなかったところを、毎朝、出勤前に山に通い、独自に研究した。そのうち、松の枯葉と土の様子からまだ土の中に埋もれている松茸がわかるようになり、そこからは加速度的に採れるようになったと聞いている。
そんな父と話していると、ほ〜、と感心することが結構あって、この間も松本に帰省した時に一緒に軽トラに乗っていると、
ぼそっと
「竹って60年に一度花が咲くってね〜」
「マジですかー! 竹って花咲きましたっけ?」
と言いながら手元のチャットGTPに聞いてみる。
60年から120年に一度、咲くらしい。ほんとだ、義父の言ってること。
「花が咲くってことは実がなるんですよね?」
「米粒みたいな茶色いのやなー」
さらに義父の話は続き、
「竹がさー、芝生になっていたのを見た時はほんとにおどけた(方言で驚いたの意味)、長いこと生きてきたなかで一番やなぁ」
「え、竹が芝生? お父さん、どういうこと?」
それは山火事が出た日で、農作業をしていると、いつもの竹林が風でしなり、一方向にひれ伏し、まるで芝生のようになっていたと言うのだ。帰宅してテレビのニュースで風速28メートルあったと知り、なるほどと唸ったらしい。
「竹って背が高いのもあるでしょ、それが全部真横になっちゃって、ありゃぁ、おどけた! 人間が手で折ったらおしょる(割れる)のにねー」
そ、そんなことが……、やっばり自然は凄いなぁ! 竹も必要とあらばそんな有り得ないと思うようなことも起きるんだ! と感心した。
さらに
「それでその翌年に竹林を見に行ったら一斉に竹に花が咲いてたんよ。そしたらその次の年は、今度は竹の葉が黄色くなって、たちまち枯れてね……、だけど、今はまた青々とした竹林になってるね」
竹はきっと風でやられてしまい、これではいけないと花を咲かせ、種を実らせ、そして長い時間をかけて再生したのだと想像すると、本当に自然は凄いなぁとすっかり感心し、東京に戻って夫に報告すると、
「それね、話半分にしておいたほうがいいよ。前にすごいデカいネズミが出たって言って、両手を広げて1メートルくらいありそうな感じで話してたからね」
夫がほんとにこのくらい? って同じように手を広げて確認すると、いや、これくらいかな……、とだんだん小さくなっていったそう。
そんなんえーやん!
驚いたということを義父は表現したいのだ、そうアニメだってあんなに目をデカく誇張しているじゃないか! 私にドヤ顔で話してくれた義父の顔を思い浮かべると、私にとって正しさはもはやどうでもいいのだ。驚いたという事実を伝えるための義父の感情の演出なのだ。それに芝生でなくてもアシの草原くらいにはなっていただろう。※竹林が枯れて再生したのは事実
だって義父がフリーのクレーン使いになったことや松茸名人になったことは事実で、これは絶対的に義父の人並外れた好奇心と探究心があったからに違いないのだ。
その証拠に、義父に光線治療器なるものを貸してあげた時、初めは説明書どおりに足の裏などに光線をあてていたようだが、ある日、夫が襖をあけると、ズボンをおろしてお尻の穴にピンポイントで光線をあてていた義父を目撃している。もちろん説明書にお尻の穴にあてると良いとは一言も書いていない。義父にとっては、説明書よりも自分の感覚、「正しさ」よりも「面白い」「気になる」ことを試してみるほうがずっと価値があるのだ。これは義父なりの探究心がなせる技だと思う。
名もなき市井の人だけど、自分の感覚と好奇心に従って、「やってみたい」を選び続ける義父。こうやって自分を疑わない世界で生きている義父のことが私には誇らしい。
そんな義父の今の悩みは、新しく買った軽トラ。
信号青ですよー、 シートベルトしてませんよー、ライトついてますよー、といちいち音が鳴ってうるさいらしい。
そこで夫に聞いてみた。
「もっとAIが進んだらお父さんの軽トラにはどんな機能があったら喜ぶと思う?」
「うーん、そうだなぁ、助手席に乗せた母さんの話し相手をしてくれる機能じゃない?」
真面目で一途な義母と我が道をゆく義父。確かに! その機能は時に便利かもしれない。今度、義父に聞いてみようと思った。
***
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