歩けなくなったあの冬から。
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:安井 智世(ライティング・ゼミ5月コース)
私はその場に崩れ落ちた。
高校二年生。二月の寒空の下、校庭をただひたすら何周も走り回るという意味があるのかわからない授業をやった後だった。
二月なのに腕まくりをして汗を流す私と友達。いつもと変わらない四時間目終わりの廊下。そんな平穏な日常が一瞬で崩れた。
その場に崩れ落ちた私は何が何だか分からなかった。友達も分かってなかった。
「ちょっと~大丈夫かよ~」「しっかりしてよ~」そんな風に笑って茶化されて私も笑っていた。転んだだけかとみんな思っていた。私ですら……。
「ほら、立って?」その言葉に私は固まる。
立てない。
どう頑張っても立てないのだ。いやそもそも足が動かない。力も入らなければ、感覚もない。
「ヤバい」
そんな空気感の伝わらなさすぎる若者言葉でも私の焦りは友達に届いたらしかった。
「え? ちょ、マジでだいじょぶ?」
「やばいじゃん。立てないの? 痛いの?」
「ゆみこ呼んでくる!」
保健室の養護教諭、通称ゆみこを呼びに走り去る友達の背中を見ながら
「なんか、ギャルいな」
なんてことをぼーっと考えていた。
その日は保健室の松葉杖を借りて何とか帰宅し次の日は学校を休んだ。そのまま新型コロナウイルスの影響で定期テストもなくなり学校は春休みになった。
春休みの間は歩けたり歩けなくなったりを繰り返していた。ただ春休みが自粛期間に伴い伸びていくにつれ歩けない日や足の違和感を覚える日が増えていった。私は未知のウイルスに感染することより歩けなくなることを恐れ落ち込むようになった。段々家族とも顔を合わさず部屋に引きこもるようになった。
自粛期間が明け学校が再開した。
そして私は入院した。
入院生活は一週間ほどで様々な検査をした。血液検査や尿検査はもちろんMRIや脳波検査もした。何より忘れられないのが髄液検査をしたこと。背骨に針を刺して髄液を採取した。モルヒネを二本使って麻酔をかけても息が止まるくらいには痛かった。地獄みたいな経験をした。そしてその先に待っていた言葉は「異常なし」だった。
きっと喜ぶべきところなのだろうけど私とっては「治せない」と言われているように感じた。体の病気ではないからと精神科を勧められた。
その三か月後、私は精神科病棟に入院していた。
精神科を勧められたとき私はそんな甘っちょろい問題じゃないと声を張り上げたかった。その時の私は心の病気のしんどさを見くびっていた。心の問題なら気合で解決できる、甘えるな、そう思っていた。でも違った。
精神科を勧められた次の日から私は理由もなく涙が止まらなくなり、生きている意味なんてあるのかと問い続け、家族に声を掛けられるだけで過呼吸になるようになった。
家にもいられない。学校にも行けない。なんなら生きていく気力すらない。
そんな私を見かねて主治医が入院の紹介状を書いてくれて家族も説得してくれた。
それから五年間で合計八回の入院をした。
その中で見えてきた課題があった。
それは「偽りの自分で生きていること」だった。
幼いころから両親が共働きで寂しい思いをしてきたが誰にも言わなかった。
姉は自由奔放な人で外に遊びに行くことが多い中、私は一人家で本を読んだ。
小学校で男子数人からいじめにあったが相談するという選択肢すらなかった。
中学校入学をきっかけにいじめられた原因の地味で根暗な自分を捨てた。いわゆる中学デビューだった。
本当の自分なんて忘れてギャルとして高校に入学した。
寂しい気持ちも
一人でいたい気持ちも
助けてほしい気持ちも
キャーキャー騒ぐのが嫌だという気持ちも
すべて蓋をした。小さな欲求も入れたらもう一生かけても数えられないだろうというくらいに自分の気持ちを無視した。万人に好かれることを積極的に選んだ。
その結果が自分を見失うことだった。
自分を偽れば偽るほど、周りに人が溢れれば溢れるほど寂しくなった。
それもそのはず。偽りの自分が好かれる度に「やっぱりそっちの私が好きなのね」「本当の私を知ったら嫌いになるんでしょう」「理解されるわけない」と不貞腐れた。
そもそも本当の自分を見てもらう機会を自分でつぶしているとも気づかずに。
ありのままの自分でいいんだ! と思えたきっかけ、というより思おうと思ったきっかけは八回目の入院中だった。暇つぶしに廊下を歩き回りながらぼんやり考えこんでいた。
「どうせ死ぬなら幸せになりたい」
そんな思いが私の頭の中を駆け抜けた。よりよく生きる方法を探すよりこの世から存在をなかったことにする方法を考えていた私にとっては信じられない思いだった。
今ではあれはようやく顔を出した私の本音だったのだと思っている。
そこから私が私を幸せにするべくありのままでやりたいことをやった。
まず家出した。
四月に幸せになっていいのだと思いつき五月に退院し七月に家を飛び出した。
半月間東横インを転々とし八月にマンスリーマンションに仮住まいを決め九月に家を契約した。一人暮らしをしながら自分がやりたいと思ったことをとにかく実行した。
ひたすら勉強したり、動物園に行ったり、推しのライブに行ったり、一人旅に出てみたり、落ち込んだ時には電車に飛び乗って海を見に行き、海のそばでパンケーキを貪り食ったりしてみた。
とにかく自由だった。居心地がよかった。初めて私はこの世界に存在していていいのだと思えた。今までの苦しみはこの生活を送るためだったとすら思えた。
今は対人においてありのままでいるということを練習中だ。
初めてありのままで接したのは知らないおじいちゃん相手だった。
駅から病院への行き方が分からず途方に暮れているおじいちゃんを病院まで案内した。「一緒に行きましょうか?」と聞くのは勇気が必要だったがやりたい! と心が言っていたのでそれに従ったのが最初だった。
その後で主治医から「安井さんは人の役に立つのが好きだから気疲れしないようにするぐらいがちょうどいい気遣いになりますよ」と言われた。今まで私は人に気を遣うのは心を消耗させるもの、自分を削ることと考えていたのでその言葉に拍子抜けした。
今は「自分が満たされていて初めて他人を満たせる」をモットーにありのままで自分を削らないコミュニケーションを意識している。
最近、「ありのままの安井さんを見せてくれて嬉しい!」「素の安井さんが一番素敵よ!」と言ってくれる人がいて励みになっている。
私の人生はまだまだ続く。きっと波乱万丈。
でもどんとこい!私なら越えていける。
私は今、幸せ。
***
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