エベレスト、登ってみたら高尾山。
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:としあん(ライティング特講)
義肢装具士の学校時代、ものづくりへのプロ意識はとっくに叩き込まれていた。
あそこは、まるで虎の穴。
体が機械と化すまで、徹底的に鍛えられた。
ジュエリーの世界に飛び込んだとき、ものづくりの筋トレは、もう十分積んできたつもりだった。
正直、ジュエリーがどれだけのもんや、と少し斜に構えていた節もある。
そんな心持ちで迎えたジュエリー学校の初日。
講師はいきなり言った。
「君たちは今日からジュエリー人生を歩むわけだが──」
おっと。
人生ときたか。
いや、ものづくりの覚悟ならとっくにあるつもりだった。
けれど “人生” とまで言われるとは思わなかった。
まあ、そういうものか──と胸の奥で軽く反芻しながら、まわりの学生たちの表情を見まわした。
とはいえ、ジュエリーに関してはゼロ合目だった。
ガスバーナーも、プラチナも、すべて初体験。
未知の世界に足を踏み入れた実感が、じわりと広がっていった。
学校に通ううち、この世界の多様さに驚かされることになる。
まず、同級生たちが実にバラエティ豊かだった。
黙々と金属に向き合う職人気質。
宝石に夢中な石マニア。
一攫千金を狙う猛者。
そして「キラキラ大好き〜」と目を輝かせる女性たち。
みな手先は器用だが、目指す未来はまるで違っていた。
それは講師陣も同じだった。
2000万円の石を割った武勇伝を誇らしげに語るハイジュエリー職人。
全身派手なプロダクトで飾り尽くしたアーティスト風の女性講師。
見た目はごく普通の中年男性だが、0.1ミリのズレをひと擦りで正す、黙して語らぬ技巧派。
「なんだここは」と思ったものだ。
なかでも印象的だったのが、ミキモト出身の職人上がりの先生だった。
貴金属の扱いに自信満々。特にプラチナの扱いはまさに職人芸だった。
プラチナは融点が高く、しかも粘る金属。
扱いにくいその金属を、彼はまるで遊ぶように完璧な鏡面に仕上げていく。
「職人ってすげえな」と、素直に感心した。
卒業後、その先生に仕事を依頼する機会が訪れた。
プラチナの仕事はすんなり受けてくれたが、ホワイトゴールドには渋い顔。
「え? 簡単じゃないの?」
街のジュエリーショップに並ぶホワイトゴールド。
あのプラチナ職人にとって朝飯前のはずだろう。
ところが彼は「ホワイトは苦手だ」と言った。
苦手……?
意外だった。いつも頼んでいる業者なら普通にこなす仕事だ。それがあの腕利きの先生には「難しい」のか?
疑問に思いつつ、急ぎの案件だったため、とにかくお願いした。
仕上がってきたホワイトゴールドは──悪くはない。でも、何か釈然としない。
結局、自分で磨き直した。
やってみたら案外すんなり、満足いく仕上がりになった。
その後、彼のFacebookにこんな投稿が。
「ホワイトゴールドは苦手。死にたくなる」
その言葉を見たとき、なぜか少し安心した。
プロでも苦手があるんだ。完璧じゃなくてもいいんだ。
俺にも似た経験がある。
新宿のロシア料理店で出会ったサリャンカミャスナーヤというスープ。
濃厚で複雑な味わいにすっかり魅了された。
店に通ううち、「家でも作ってみたい」と思うことは何度もあった。
けれど、作れるはずはないと思い込んでいて、ずっと手を出さずにいたのだ。
でも、たまたま家に材料が揃っていた日があって、「どうせ無理だろう」と思いながらも、舌の上の記憶を頼りに、ふと鍋に向かった。
意外にも、うまくいった。
むしろ家で作った方が、自分好みに調整できて満足度は高かったくらいだ。
人生にはこういうことが多い。
挑戦する前から「無理」と決めつけて、最初の一歩を踏み出さない。
ホワイトゴールドの磨きもそうだった。
プロが苦手なら素人の自分にはなおさら無理──そう思っていた。
でもやってみたら意外と簡単だった。
もちろん最初から完璧ではなかったが、少しずつコツを掴めば、何とかなるものだ。
英語の格言にこんな言葉がある。
The magic you are looking for is in the work you’re avoiding.
「避けていることの中にこそ、求めている魔法がある。」
私たちは、「難しそう」という先入観で壁を作ってしまう。
でも、その壁の向こう側に意外な景色が広がっていることは多い。
実際、エベレストだと思っていたものが高尾山だった──そんな経験は誰にでもあるはずだ。
高尾山なら登れる。
道はある。景色だって悪くない。
登ってみたら、思っていたよりもずっと軽やかに、そこに立っていたりする。
ミキモトの先生も、ホワイトゴールドにもう一度向き合っていたら案外簡単にマスターできたかもしれない。
でも「苦手だ」という思い込みが、その道を閉ざしていたのだ。
俺はあの投稿を見たとき、妙に親近感を覚えた。
人間って、そんなものなのだ。
得意なことも苦手なことも、丸ごと抱えて生きていく。
苦手だと思い込んでいることの中にも、実はこんなものか、というものは案外多い。
そして、そこにこそ新しい扉が待っている。
人生は短い。
エベレストだと思い込んで諦めるには、もったいない高尾山がきっと、まだたくさん残っている。
その高尾山から見える景色は、想像していたよりもずっと、美しいかもしれないのだ。
***
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