渋谷の蟻地獄で童心に返る
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:愛野美奈(ライティング特講)
渋谷に久しぶりに来た。プライベートでという意味だ。英語通訳ガイドの仕事を始めて10年。コロナ期は休業していたけれど、今はインバウンドが戻り忙しくさせてもらっている。
私は10代の頃にアメリカ映画や「ベストヒットUSA」といった音楽番組に憧れて、高校でアメリカホームステイプログラムに参加した。今のようにインターネットのない時代で情報がかなり少なかった。初めて見るアメリカ人家庭は、まさに映画の中の世界だった。その中で、ホストファミリーと一緒にドライブをして、庭でバーベキュー。人も家も街も見るものすべてが新しくて夢のようでキラキラと輝いて見えた。単純な私は憧れがモチベーションとなって英語を学び、英語を使う職場を選んだ。今では個人客向けツアーの英語通訳ガイドとして街を案内することを仕事としている。
インバウンドの大人気スポットの渋谷には、ここ数年はガイドの仕事でしか来なくなっていた。人があふれるスクランブル交差点は特に私にはストレスで、まるで蟻地獄の中に吸い込まれるような感覚になる場所だ。普段はできれば近寄りたくなくて、なんかわからないけれど渋谷は疲れる。そんな風に感じる大人世代は多いのではないだろうか。
しかし外国人観光客は一度に渡る人の多さが面白くてわざわざ渡ってみたいと思うのだ。日本人にはストレスの人混みも気にせず喜々として写真を撮り、ビルの上から蟻地獄の動く全体像を眺めてみたいというほどだ。
「動画でいつも見ていて一度でいいからここへ来て渡ってみたかったよ!」とみな興奮して夢中で動画を撮影する。ただの交差点なのに……。
なるべく交差点を歩かないルートを選んで歩いていた私も、仕事になれば彼らとともに蟻地獄の真ん中を目指さなくてはならない。しかも接客業だから少しハイテンションで笑顔は必須だ。
「ここが交差点の真ん中です。さあ、写真タイムですよ」
「スリー、トゥー、ワン! スマイル、スマイル」
「さあ、信号が変わる前に向こう側にダシュです! 急いで!」
いつものように言って、テンションマックスの彼らを何ポーズか撮影する。その日は小学生のいる家族のグループ客だった。珍しいものを見るたびに「wow!」を連呼する映画ホームアローンのカルキン君に似た小学生のヘンリー君。交差点を一緒に二往復くらいしただろうか。あまりに無邪気にはしゃぐ姿がかわいくて、私は心が溶かされてしまったのか、なんだかアミューズメントのアトラクションの中で一緒に遊んでいるような気持ちになった。
ん、なんだろう? これ、この感じ。
お次はドン・キホーテのコスプレグッズ売り場を目指す。ここも外国人にとっては室内型ショッピングアトラクションだ。お菓子から東京土産まで一通り見て、ここでもヘンリーくんは最高のスマイルを私に見せてくれた。アニメグッズのコーナーでひときわ目を引くのは、黄色い人気者ポケモンの「ピカチュー」だ。
私は家族の最年長のおばあちゃんに黄色いピカチューキャップをかぶせる。それを見たヘンリー君は目を大きく見開いた。そしておばあちゃんのおどけた顔に大笑いだ。さらにひもを引っ張って両耳をピンと立てて見せる。
「すごい! すごいよ! こんなの見たことないよ」
カゴにはまた一つお土産が増えてしまった。
とにかく「ピカチュー」はお客様の人種問わず大人気。大人も子供もみんないい笑顔になる。ここでの一番楽しいエンターテイメントな時間だ。
思えば、学生時代は、渋谷スクランブル交差点を蟻地獄に吸い込まれる場所だなんて思ったことはなかった。制服で歩く渋谷の街はキラキラ見えていたし毎日が楽しかった。新しいファッション、雑貨、カルチャー、音楽と出会う場であり面白い人達が街にあふれていた時代だ。
次第に大人になり、最近では高齢親の看病や介護といった問題をかかえて、心身が消耗していた。日々の生活に疲れ果てて笑えなくなっていた。娘にも心配されていたくらいに。駅はいつも工事中で歩きにくく、人が多くてエネルギー過多の渋谷がまるで蟻地獄のように見えて足が遠のいていた。用事がなければ近寄りたくない街ナンバーワンだったのに、仕事で外国人観光客の新しい街の見方に触れる事で、私は学生時代のあのワクワク感を取り戻してきている。
そう、高校時代にホームステイで憧れのアメリカの家族に感じたあの感覚だ。新しいものに感動して、すべてがキラキラして映画の世界のように見えていたあの感性だ。
あれから時が過ぎて今度は大人の私が、憧れだったアメリカ人家族をつれて、しかも目をキラキラ輝かせたピュアな子供まで一緒に私の青春の街、渋谷を案内しているではないか。慣れたはずの街が嫌になるほど心が瀕死だった私が、アメリカ人家族の無邪気な笑顔で忘れていた童心に返っている。心が生き返ったのだ。高校生の私が想像もしなかった未来だ。
今日、久しぶりにプライベートで宮下パークにセミナーを受けに来ている私は、スクランブル交差点を渡るときに、もはや蟻地獄ではなかった。ワクワクする楽しいアトラクションだと思える新たな感性を身につけている。
***
この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
お問い合わせ
■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム
■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。
■天狼院書店「天狼院カフェSHIBUYA」
〒150-0001 東京都渋谷区神宮前6-20-10 RAYARD MIYASHITA PARK South 3F
TEL:03-6450-6261/FAX:03-6450-6262
営業時間:11:00〜21:00
■天狼院書店「福岡天狼院」
〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
■天狼院書店「京都天狼院」
〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜20:00■天狼院書店「名古屋天狼院」
〒460-0002 愛知県名古屋市中区丸の内3-5-14先 レイヤードヒサヤオオドオリパーク(ZONE1)
TEL:052-211-9791/FAX:052-211-9792
営業時間:10:00〜20:00■天狼院書店「湘南天狼院」
〒251-0035 神奈川県藤沢市片瀬海岸2-18-17 ENOTOKI 2F
TEL:0466-52-7387
営業時間:
平日(木曜定休日) 10:00〜18:00/土日祝 10:00~19:00