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標高1300mから朝5時スタートするマラソンを走った私の“もうやらない”を破壊した、鉄人の涙はダイヤモンドだった


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記事:前田 さやか(ライティング・ゼミ3月コース)
 
 
喉元過ぎれば熱さなんて、簡単に過ぎちゃうんだ。
恐ろしいよ。
普段笑顔の人が流す涙を、あなたは見たことあるだろうか?
まさにダイアモンドだった。いやそれ以上かも。
美しすぎる。あの美しさを見たら、自分の苦しさなんて忘れてしまうよ。
 
私は、野辺山ウルトラマラソンの42kmの部に出ていた。
いちばん短い距離。それでも、舐めてはいけない。このレースは、ウルトラマラソン界の「東の横綱」と呼ばれている。
 
なにが野辺山を「横綱」たらしめているか?
スタートが標高1300m。すでに低酸素状態だ。そこからさらに標高を上げ、前半は延々と登り坂が続く。もちろん苦しい。足も限界まで追い込む。そして、朝5時スタート。寝不足の中のレースになる。
走力と気力、どちらが欠けてもゴールできない。
 
私は3年前にもこの42kmを走った。なんと、制限時間の30秒前にゴール。下手なサスペンスドラマより、よっぽどハラハラさせられた。
その後私は、腰を痛めて走れない時期があった。ギリギリのゴールから3年。年齢も重ねて走力は落ちている。しかも練習は満足にできてはいない。完走できれば「御の字」くらいに思っていた。
 
レース前日、嫌な予感が的中した。
生理が来てしまった。
そこから、テンションはダダ下がり。
しかも緊張で眠れず。寝ついても、レースを走る夢でうなされた。眠れたのはほんの1時間だった。
朝2時、寝ぼけた頭で起床。食欲もないまま、おにぎりを詰め込む。
「そりゃ、胃腸は寝てるよな」と自分で苦笑いした。
会場に向かう途中、駐車場トラブルに巻き込まれる。ギリギリで会場入りし、トイレをすませた頃には、すぐスタート時間に。100kmの部に出場する仲間たちと、慌ただしくエールを交わした。
 
ピストルが鳴る。戦いの始まり。
意外にも、体は動いた。寝てないわりに、軽い。
「いけるかも?」と思ったのが罠だった。
マラソンは、最初に飛ばすと必ずあとでツケが来る。
案の定、上りがキツくなると、脚が止まる。歩くしかない。
修行僧のように、ただ黙々と登った。たまに平坦になると、ちょっと走る。また歩く。その繰り返し。
ようやく『最高地点1900m』の看板が見えてきた。「これ以上登らなくていい」とホッとしたの間も束の間だった。
 
今度はお腹が痛くなる。生理の時によくあるやつ。レース中だと余計つらいのだ。トイレに行きたいけど、時間が惜しい。
私は夫に確認をした。
彼はタイムマネージメントをしながら、一緒に走ってくれていた。
「トイレ寄れる?」
「危ないかも。時間ギリギリだよ」
「じゃあ、次のエイドで行こう」
結局同じやりとりを、何度も繰り返した。
下り坂で揺れるたび、お腹に響く痛み。何度もやめたいと思った。やめておけばいいのに、距離を重ねると変な欲が出てくる。
「せっかくだから完走したい!」と。
着地の強烈な痛みに堪えながら、私はひたすら下った。
 
でも辛さを紛らわしたくて、夫にグチも言い続けた。
「下り続けるのはもうイヤだ。早く終わりたい」
「じゃあ、ここでやめようよ。無理しなくていいから」
「イヤだ。もう少しやる!」
自分で走ると決めて、エントリーしたのに相棒に悪態つく始末。今考えるとひどい態度だった。
 
『残り5km』の看板が見えてきた。しかし制限時間は近づいている。
「あと33分以内に走りきれば、間に合うよ」
夫は隣でカツを入れてくれた。
私は全身の筋肉をフルパワーで動かす。
痛いんだか、苦しいんだか、もはやよくわからなくなっていた。
走りながら、私は夫へ言った。
「朝早いし、時間はギリギリで楽しくない! 野辺山は完走して卒業する」
この時は最後と決めて、諦めず走り続けた。
 
ゴールエリアに近づくとスタッフや観客が叫んでいた。
「まだ間に合います! 急いで!」
最後の気力を振り絞って、ダッシュ。ありったけの力を絞った。
「ゴールゲート見えたぁ!」
ゴールは制限時間の1分前。正直、順位もタイムもどうでもよかった。
「お腹の痛さによく耐えた」それだけで、私はじゅうぶん満足だった。
たくさんの祝福と「もう走らなくていい」と思った瞬間、自然と涙があふれていた。
その後、ゴール会場にある銭湯で汗を流し、100kmの部のゴール会場へ向かうバスで移動した。
会場へ着くと、すでに100kmのランナーたちが続々とゴールしていた。
家族や仲間と手をつなぎ、笑顔でゴールする人。
泣きながら、フラフラで戻ってくる人。
ゴールしてから、しばらく動けない人。
そのすべてが、美しかった。
「すごいな」「カッコいいな」
私は心の中で、何度もつぶやいていた。
 
制限時間である、14時間が近づこうとしていた時だ。
仲間のAさんが帰ってきた!
去年はリタイア。今年は一年かけて、真剣に準備してきた姿を見ていた。
「完走おめでとうございます!」と声をかけると、Aさんは言葉を詰まらせ、
「本当に、キツくて」と、ぽろりと涙を流した。
普段は感情をあまり出さない人の涙。
私は胸を打たれ、思わずもらい泣きしていた。がんばった人の涙ほど、美しいものはない。まさにダイアモンド級の美しさ。
 
その瞬間、私はふと思った。
私も泣いた。けれど、その涙は美しかっただろうか。
腹痛に耐えながら、文句を言って、悪態をついて、ようやく絞り出したゴール。それは、限界を迎えた心が勝手に流した涙だった。
 
一方で、Aさんの涙は違った。
黙々と、淡々と、1kmずつを積み重ねてきた人の涙だった。
あの一滴は、努力の積み重ねとプレッシャーからの解放で磨かれた結晶。
まるで、ダイアモンドのように、にじみ出た光を放っていた。
 
同じ「ゴールの涙」でも、こんなにも違うのかと、胸を打たれた。
私はまだ、その域には届いていない。
 
私は喉元すぎて、熱さを完全に忘れていた。
人間は懲りないのだ。
だからこそ、また挑戦したくなるのかもしれない。
今度こそ、自分も、少し近づいてみたいと思った。
あのダイアモンドのような涙に。
 
 
 
 
***

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2025-06-12 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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