メディアグランプリ

なんだ、こんなことで。私とぬいぐるみと母と。


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:田中優希菜(ライティング・ゼミ5月コース)
 
 
※この記事は、フィクションです。
 
やけにいい夢をみた。あったかい夢だった。
いい気分で朝起きたら、ベッドがぬいぐるみだらけだった。
 
なんだこれ。
 
大きさもデザインもばらばらなぬいぐるみが、私のベッドを埋めていた。新品みたいにきれいだけど、なんだか懐かしい感じがする。しかも、やけにふわふわしてて気持ちいい。
泳ぐようにぬいぐるみをかき分けてベッドを出る。
意味わかんない状況だけど、ふかふかな感触に嫌な気はしない。
とにかく、母にきいてみよう。ぬいぐるみを1つ持って、パジャマのままリビングへ向かう。
 
「おかあさん、あのね……」
「ごはんあるから早く食べなさい。学校遅れるわよ」
 
私の言葉を遮るように言う母は、こちらにちらりとも目を向けない。ぬいぐるみにも気づいていないようだ。私は言葉を飲み込んだ。どうせ何も聞いてくれない。気づくと、ぐっと唇を噛みしめていた。
 
母はいつもそうだ。大事なことを伝えようとしても、淡々と作業をこなして私には目もくれない。高校に合格したときも「近所に受かって良かったわね」と言いながら、教科書代や制服代の算段を立てていた。母は、私にあまり興味がないんじゃないかと思う。
よくできた人だから、義理と倫理観で育ててくれているんだろう。本当に、淡々と。
不自由があるわけじゃない生活にありがたいとは思うけど、時々胸の奥が苦しい。
 
黙って朝食をとって、なにが見たいわけでもないのにスマホを触る。
「もう出た方がいいんじゃない?」
「……わかってるよ」
心の中に巣くっている憂鬱で気が重い。薄暗い空気をまといながら家を出た。
 
学校へ向かう。
ぎりぎりまでスマホを触っていたから、いつも遅刻直前に登校してくるカップルと鉢合わせた。狭い道を広がって歩くから、後ろから抜かせないわイチャイチャを見せられるわでイライラする。
いつもならこの時間は避けてるのに。不快が不快を呼んで、嫌な気持ちは増すばかりだ。
 
カップルを抜かす隙を淡々と狙い、2人の様子を凝視する。
すると、なんだかふわふわしたものが見えることに気づいた。お互いがお互いに、ふわふわを贈り合っている。
一瞬、目の錯覚か幻覚かと思ったけど、何度瞬きしてもふわふわは確かに存在していた。
 
ふわふわは、空中でいろんな形になった。
箱だったり、髪飾りだったり、キーホルダーだったり。
ふわふわの正体を知りたくて凝視していたら、あっという間に学校に着いてしまった。
カップルは最後に箱を贈り合って、それぞれの教室に入っていった。
 
教室に入ると、見慣れた景色の中にも大量のふわふわが浮かんでいた。
談笑する女子グループでは箱の贈り合いが、ソシャゲのアイテム自慢をする男子グループではそれらしいアイテムが贈り合われている。
明らかに異物なふわふわ合戦を気にしているのは私だけで、みんな当たり前のように受け取って、渡して、笑い合っている。
 
ほんと、なんなんだろう。
 
ファンタジー世界に困惑しているうちにチャイムが鳴り、朝読の時間が始まる。
しまった、1時間目は数学だ。いつもなら早く来て、神(友達)の宿題うつさせてもらってたのに。小声で神に合図を出して、ノートを借りて宿題をうつす。
 
「ありがとう……! ほんっっっとうに助かった!」
なんとか1時間目の前にノートを返した私は、リスクを負ってノートを貸してくれた神に全力でお礼を言う。そしたら、私からぶわっとふわふわが出て、大きな箱になった。
神はその箱をみてうんうんと頷き、「良いってことよ」と嬉しそうに笑った。
 
観察を続けてみると、このふわふわはどうやら、感謝とか愛情とか、そういうものが実体化するらしい。相手の好きなものや思い出の品の形になったり、シンプルに箱の形になったりしながら、気持ちが目に見える形でやり取りされる。
今日起きてから私が見ている世界は、そういうオプションが追加された世界らしい。
 
じゃあ私のベッドのぬいぐるみはなんだったんだろう。
もしかして、と鼓動が高鳴るのを感じた。
特大の愛を向けてくれてる人がいるってこと? それは誰? 本当に?
 
早く確かめたくて小走りに帰宅した私は、一目散にベッドに向かう。
部屋に入ると、そこにはぬいぐるみがたくさん。昔私が好きだったキャラクターのぬいぐるみや、欲しいと泣いて頼んだけど買ってもらえなかった大きなクマのぬいぐるみ、旅行先のマスコットキャラのぬいぐるみ。
今朝は気づかなかったけど、どれもどこか見覚えのあるものだ。
幼少期に気に入っていたものから、最近ちょっとおねだりしてみたものまで。
こんなの思い浮かべられる人は、母しかいないはずだ。
 
自分の部屋を眺めてみる。
そういえば、「ゆくゆく必要になるから」と欲しくもない勉強机を部屋に置かされたと思っていたけど、この勉強机のおかげで高校受験に集中できたところもあったな。
受験前に体調を崩したと言い出せなかった日も、起きたら冷えピタ貼ってあったこともあったっけ。
 
私の言葉を待ったりはしてくれないし、母は私が何を考えてるかなんで興味ないんだろうなと思っていたけど、母は母なりに、私を見ていてくれたのかもしれない。私が気づいていなかっただけで、とびきり大きな愛を向けてくれてたのかもしれない。
 
母の部屋に入ってみると、そこには小さなぬいぐるみが2つ置いてあるだけだった。
私、なんにもわかってなかったんだな。
こんなに愛されていたのに、全然返せてないんじゃん。
 
キッチンにいくと、夕飯を作る母の姿。母の料理は美味しいとは言い難いけど、不器用なりに頑張って作ってるんだなと思う。
愛されていると信じたら、急にいろんなことを思い出す。
お弁当だって冷凍食品ばっかりで嫌だったけど、ちっちゃいときに絶対入れてって頼んだ星形ポテトは未だに必ず入ってるんだよなぁ。
 
「お母さん、夜ごはん作るの、手伝うよ」
いつもありがとう、なんて急に言うのも変だし、気恥ずかしいから、そう言った。
 
母はきょとんとして、わたしの手から生まれた小さな箱に目を落とした。
そして、「助かるわ」そう言って笑った。
なんだ、こんなことでお母さんって笑うんだ。
 
 
 
 
***

この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院書店「天狼院カフェSHIBUYA」

〒150-0001 東京都渋谷区神宮前6-20-10 RAYARD MIYASHITA PARK South 3F
TEL:03-6450-6261/FAX:03-6450-6262
営業時間:11:00〜21:00


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00


■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜20:00

■天狼院書店「名古屋天狼院」

〒460-0002 愛知県名古屋市中区丸の内3-5-14先 レイヤードヒサヤオオドオリパーク(ZONE1)
TEL:052-211-9791/FAX:052-211-9792
営業時間:10:00〜20:00

■天狼院書店「湘南天狼院」

〒251-0035 神奈川県藤沢市片瀬海岸2-18-17 ENOTOKI 2F
TEL:0466-52-7387
営業時間:
平日(木曜定休日) 10:00〜18:00/土日祝 10:00~19:00



2025-06-19 | Posted in メディアグランプリ, 記事

関連記事