メディアグランプリ

比べるだけじゃない、同期の関係


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:塩田健詞(ライティング・ゼミ5月コース)

「うちの係のAさんが産休に入ることになりました。8月を目処に、担当の割り振りを見直したいと思っています。よろしくお願いします」

係長の何気ない一言に、私は思わず手が止まった。

Aさん――それは、私と同じ年に入庁した同期だった。

仕事のスピードも正確さもピカイチで、係長をはじめ、誰からも頼りにされていた存在。私自身も、業務で困ったときにはよく相談に乗ってもらっていた。冷静で、でも柔らかく、どこか安心感のある人だった。

「いよいよ、産休か……」

淡々と報告を聞きながらも、心の中には小さなざわめきがあった。同期の誰かが新たなステージに進むとき、嬉しさと同時に、どこか取り残されたような感覚が胸をよぎる。

それが「同期」という存在なのだと、あらためて思った。

私は、彼女――Aに、ずっとコンプレックスを抱いていたのだと思う。

思い返せば6年前の春。入庁式の朝、おろしたてのスーツに袖を通し、桜並木の下を通って本社へと向かった。緊張した面持ちで会議室に入り、代表の前で名前を呼ばれた。その中に、Aの名前もあった。

あの日から、私たちは別々の部署に配属され、それぞれの道を歩んできた。

私は、6年間ずっともがき続けていた。初めての仕事に戸惑い、失敗しては落ち込み、時には体調を崩して仕事を休んだこともあった。仕事が苦しくて、「これ以上は無理だ」と思った時期もある。心を保つために、外の活動に没頭した時期もあった。

そんな私にとって、Aの存在はまぶしかった。

数年ぶりに、同じ係に配属されたときのことだ。

「そういえば、同期だったんだよな」――そんな当たり前の事実に、ふと気づいた。

いや、正確に言えば、ずっと“気づかないふり”をしていたのかもしれない。

彼女と自分を比べたくなかったから。

Aは先にその部署に所属していたこともあり、業務知識は私よりもずっと豊富だった。それだけではない。お客様対応では常に落ち着いていて、後輩への声かけも優しくて丁寧。業務も正確で早く、誰もが信頼を寄せていた。

私は、そんな彼女を見ながら、いつの間にか心の中でため息をついていた。

「きっと、もう私は追いつけないんだろうな」

自分でも気づかないうちに、そう諦めていたのかもしれない。

そんなAが、いよいよ産休に入るという日のことだった。
その日、彼女はひとりひとりに挨拶をしながら、小さなお菓子の包みを配ってまわっていた。私の前に立ったAは、いつも通り穏やかな表情で一言だけ、こう言った。

「お休みいただきます。よろしくお願いします」

「ありがとうございます」

それだけしか返せなかった自分が、少しだけ情けなかった。
「元気に戻ってきてくださいね」とか、「また一緒に働けるのを楽しみにしています」とか――。そう言えばよかった。
おめでたい気持ちと、係の主戦力がいなくなってしまうことへの不安。その両方が胸の中で交錯して、言葉がうまく出てこなかったのだ。

その夜、自宅に戻って、彼女からもらったお菓子の包みを開けた。
すると、包みの中から一枚の小さなカードがひらりと落ちた。

「塩田さん。ありがとうございました。 A」

何気なく裏返してみると、そこにはこんな言葉が添えられていた。

「仕事に積極的で同期として尊敬してます…!!」

一瞬、時が止まったように感じた。
Aとは、業務連絡や相談以外のやりとりはほとんどなかった。だから私は、彼女にとって自分の存在など気にも留めていないのだろうと、どこかで思い込んでいた。
まさか、そんなふうに思ってくれていたなんて。

胸の奥が、じんわりと温かくなった

同期とは、つくづく不思議な存在だと思う。
たまたま同じ年に入社したというだけの関係。けれど、それだけでは語れない特別なつながりがある。

もし、この言葉を上司からかけられていたら――。
「やる気を引き出そうとしているのかな」と、少し身構えてしまったかもしれない。
後輩からだったら、社交辞令か、あるいはご飯のお誘いの前触れかな、と邪推してしまったかもしれない。
でも、同期という立場には、そうした“利害”の色がつかない。ただ、同じ景色を見ながら、同じ時間を歩いてきたという、奇妙であたたかい信頼がある。

Aからの言葉を、最初は素直に受け取れなかった。
私たちはお互いの評価者ではないし、キャリアを引っ張り合う関係でもない。だからこそ――この言葉には、余計なものが何ひとつ混じっていなかった。

「素直に、受け取ってみようかな」

Aの言葉は、自信を失いかけていた私の背中を、そっと押してくれた。
それは、巷にあふれるマインドフルネスの技法よりも、ずっと確かで、温かい力を持っていた。

同期という存在は、いつだって比べてしまう相手であり、どこかで競い合ってきた相手でもある。
けれど、同じだけの時間を悩み、苦しみ、もがいてきた仲間でもあるのだ。
だからこそ、心からのひと言は、こんなにも心に沁みるのだと思う。

「同期として、尊敬してます」

その言葉に、ようやく少しだけ、自分を肯定できた気がした。

《終わり》

***

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2025-08-08 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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