メディアグランプリ

トルコで出会ったラクダは、「地獄からの使者」か、それとも「愛のキューピット」か


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記事:辻丸さおり(ライティング特講)
 
 
今から15年くらい前、トルコ周遊ツアーに友人と2人で参加したときのことである。カッパドキアかギョレメだったかの自由行動中に、1人でぶらぶらしていた私は、1匹のラクダを発見した。木の杭につながれたラクダの周りには誰もおらず、写真を撮りたかった私は、「ラッキー!」とばかりに、無防備にラクダに近づいた。
写真を撮ろうとカメラを構えたその瞬間、ラクダの首がうにょーと伸び、私の左手首にぱくっと嚙みついた。
ラクダの動きは緩慢だし、噛みつかれた瞬間は、それほど驚きはしなかった。自慢じゃないが、私はあまり物事に動じないたちなのである。「そのうち放すだろう」と楽観的に考えていた次の瞬間、「バキバキバキ」とすごい音がした。
慌てて左手首を見ると、ラクダの顎がむにゃむにゃと左右に動き、ゆっくりと咀嚼しているではないか。
「やばいっ!」
急に自分の中の危険スイッチが点灯し、左手を引き抜こうと引っぱった。しかし、のんきな表情とはうらはらに、ラクダは私の手首をがっちりつかみ離す気配がない。
「これはマズイ!」
今度は、思いっきり全体重を後方へかけ、綱引きのように腕を引っ張った。すると突然左手がはずれ、私は思いっきり地面に尻もちをついた。
遠くから飼い主らしき人がすごい勢いで走ってきて、何か言いながら慌ててラクダを引っ張っていく様子を、放心状態で眺めていた。
左手はラクダのよだれまみれで、うっすらと血が滲み、痛みとしびれで感覚がなかった。
「折れた……?」
ふらふらとツアーバスにもどり、添乗員にその旨を伝えると、「大丈夫ですか? 病院へ行きますか?」と聞かれた。しかし痛みとしびれで、大丈夫なのか大丈夫じゃないのか、折れているのかいないのか、まったくわからない。
「とりあえず様子をみます」と言い、席にもどると、友人が「傷口から感染するかもしれない」と、あわてて除菌シートで傷口をふいてくれた。
「除菌シートってこういう時のために持って行くものなのか」と感心しつつも、一方で「海外で初骨折かぁ。傷口から感染して、手が腫れて高熱がでるかも。保険ってきくのかなぁ」などと冷静に考えていた。
ふと左手に目をやると、彼からもらった腕時計が割れているではないか。その腕時計は誕生日にもらったもので、ベルトの部分が金属製のバングルになっている。そのバングル部分が大きく割れていた。
「もしかして、さっきのバキバキバキという音は、バングルが割れた音? 骨じゃなかった? 腕時計が身代わりになってくれた?」
にわかには信じられなかったが、間違いなく腕時計は割れている。自慢じゃないが、私は運もめっぽういいのである。日本で留守番をしている彼は、まさかトルコで、そんなことが起きているとは想像もしていないだろう。

その後、手首は1時間近くしびれ続けたが、だんだんと痛みもひき、動くようになった。「よかった~!」と安堵した私は、残りの旅程を何の問題もなく楽しみ、帰国の途についた。
 
帰国後、彼氏はもちろん友人や家族にも「トルコでの武勇伝」かつ「奇跡の腕時計話」を鉄板ネタとして話しまくっていた。するとある日、友人から「ラクダって狂犬病をもってなかった? 検査した方がいいんじゃない?」と思いもよらないことを宣告された。天国から地獄とはこのことである。
「え?! 噛まれただけでも災難だったのに、帰国してからも私を奈落の底に突き落とすとは!」と、トルコのラクダを呪いつつ、狂犬病について調べてみた。「数週間から数ヶ月で発症し、致死率はほぼ100パーセント。攻撃的、錯乱、意識障害、呼吸困難など様々な症状がでる」と書いてある。
なんということだ! びびった私は、知り合いの医療従事者に相談した。すると、「予防ワクチンならともかく、実際に噛まれた後に打つワクチンは、かなり副作用が強いし、女性は妊娠できなくなったりする可能性があるからおすすめできないなぁ。発症するリスクよりも、副作用のリスクの方が高いから辞めた方がいいと思う」とあっさり却下された。
終わった‥…。もうお手上げだ。打つ手は何もない。万が一発症したら、助かる見込みはない。絶望的な気持ちだったが、家族や職場の同僚に「数ヶ月後、私がもし突然発狂したら『そういえば、トルコでラクダに噛まれたと言っていた』と証言して」と遺言を残し、冷や冷やしつつ数ヶ月後を過ごした。
 
結果、幸いなことに狂犬病を発症することはなく、今も健康に過ごしている。そして腕時計をくれた彼とは、めだたく結婚し、幸せに暮らしている。果たして、トルコのラクダは、地獄からの使者だったのか、愛のキューピットだったのか。ひとつ間違いなく言えることは、動物好きだった私が、動物に不信感を持つようになったのは、トルコのラクダのせいだということである。
 
 
 
 
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2025-06-26 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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