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才能がないんじゃない。才能が育つ場所に出会ってないんだ。


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:新野佐月(ライティング・ゼミ5月コース)
 
 
「そういう提案いらないから。うちの会社では困るのよ。そういうの、自分勝手っていうんだから」
給湯室で、会社の先輩に叱責される。「はい、分かりました、申し訳ありません」と謝った。その時に、学習した。歯科矯正のマウスピースのように、この会社の相応しい人になれるよう「自分を矯正しなければならない」
 
 
その日から、だ。自分矯正ギブスをはめ、ギクシャクした自分との共生が始まったのは。運動会の入場行進の時、緊張しすぎて「右足、右手」が一緒に動いた時のようだった。考えれば考えるほど、上手くいかない。でも、「自分矯正ギプス」を装着して仕事をしよう。慣れよう。良い社会人になるために。
 
 
新卒で初めて入った会社は、お堅い金融機関だった。氷河期に固い会社に滑り込めた事は、ラッキーなこと。給料も割と良かった。何よりも、親が喜んだ。入社させてもらえただけで、ありがたい時代。新人時代に叩き込まれたことは、今でも役に立っている。お客様への挨拶の角度、名刺のもらい方、電話の応対。
 
 
しかし、ある時から何とも言えない苦しさ、を感じるようになる。日曜日にサザエさんを見るとブルーになる。20代の若さで、栄養ドリンクを毎週飲んでいた。座り仕事なのに、疲れを感じる。気づいたら、体重が3kg減っている。顔には吹き出物が出ていた。20代の私は心が重くなった。化粧で隠しても、隠しきれない吹き出物。来客応対が、億劫になる。自己肯定感は、どん底だった。
 
 
「自分矯正ギプス」には、だんだんと慣れてきていた。社会人の常識的な応対ができる私になったはず。普通なら、慣れてラクになるのに。それでも、栄養ドリンクを手放せず、あらゆる発散系の習い事をハシゴする。エアロビクス、ゴスペル、水泳。ショッピングもした。それでも、心はずっと曇っている。
 
 
思い返せばあの時から、苦しくなったんだ。女子社員には、お茶の当番というものがあった。入社して2年、お茶のフローに無駄が多いことに気付く。このフローをこう変えたら、みんなラクにならないか、と疑問を感じた。ある日、勇気を出して話してみた。
 
「先輩、こうするとラクになるんじゃないでしょうか」
 
先輩は、顔がこわばった。そこから、給湯室に呼ばれた。
「そういう提案、いらないから。うちの会社では困るのよ。そういうの、自分勝手っていうんだから」ただ、申し訳ありません、と謝る私がいた。納得がいかないが、そうしないと収拾がつかない。
 
 
私はやっと、悟った。この会社では「変えてはいけない」のだ。先輩の作ったもの、前例を変えるのは悪なんだ。提案は、生意気なのだ。これが会社の社風。あの日から、栄養ドリンクと、ストレス発散スケジュールと、吹き出物の日々が始まった。あの時代に、手堅い金融機関に勤められたことは、幸運なこと。だから、「贅沢は言ってはいけない」と思っていた。福利厚生だって、安定だってある。
 
 
「自分に嘘をつくって、一番疲れるのよ」
私の人生の先輩が、言ってくれた言葉だ。なぜあんなに疲れていたのか、今なら分かる。自分の心に嘘をついていたから。
 
 
「あなたの仕事は、ご両親の言うとおりにすることではなく、教師や社会の言うとおりにすることでもなく、心の呼び声を理解し、それに従うことです」
と、USAの黒人ビリオネア、オプラ・ウィンフリーは言う。
私の心の声は、私の顔の吹き出物は、何かを叫んでいた。
 
 
長い社会人経験と書籍を読んで分かった事は、「価値観で生きている人は、幸せである」こと。価値観とは、自分が一番大事にしていること。あの会社は条件は良かったけど、私の価値観に合ってなかった。
 
 
高校生の夏、私は市民図書館で受験勉強をしていた。この図書館は、クーラーが無かった。この街には「市長への手紙」という直訴の制度がある。市民図書館に、手紙を入れる箱があった。私は、市長に手紙を書くことにした。
「市民図書館に、クーラーを入れてもらえませんか。お年寄りも、受験生も困っています」
 
 
1か月後、市役所から手紙が来ていた。
「クーラー設置を検討しました。建物の配管と予算の問題があり、クーラーは入れられません。貴重な意見に感謝してます。今後も検討を重ねていきます」
意見を受け入れられないガッカリよりも、大人がちゃんと意見を聞いてくれた事が嬉しかった。
 
 
私が大事にしている事は、「何かを改善する事。人のお役に立つこと」お茶当番のフローを変えたら、みんながラクになるんじゃないか。その提案は、未熟だったかもしれない。今までのフローは、何か理由があって変えていなかったのかもしれない。でも、先輩。
 
「せめて、話を聴いてほしかったんです。後輩のクセに生意気だからと一蹴せずに、せめて聴いてほしかった」
仕事の帰り道に、地下鉄のホームで涙が出ていた。高校生の時に、一つの成功体験があった。みんなのための提案は良い事である、と。その大事な価値観を否定され、出口がなくなっていて、小さくなっていた私。
 
 
 
八方塞がりだった時、英会話学校に通い出した事が、人生の転機となる。
水曜日の夜が待ち遠しい。予習も復習もやった。クラスが始まる30分前に、学校に到着していた。クリスマス会も行った。英語自体が楽しかった。それだけではない。
「いいアイディアだね。もっとあなたの考えを聴かせて」
カナダ人の先生が、私に意見を求めた。英会話によくあるフレーズなのに、私は嬉しかった。
 
 
英語の文化では、意見は歓迎される。提案は良い事。それを体感した。水を得た魚のように、毎日が楽しくなる。たとえ拙い意見でも”フェア”に聴いてくれる。尊重される。
Fair = 公平
Respectful = 敬意を表す
そんな単語を教えてくれたのも、カナダ人の先生だ。私が欲しかったモノは、公平で相手を尊重する場所。やっと、私が探していた場所が見つかった。私自身が、イキイキしているから分かる。吹き出物も無くなっていた。そこから、私は英語を猛勉強する。
 
 
あの会社には感謝している。育ててもらった。条件も良かった。でも、一生懸命なだめようとしても、心が泣いていた。私の長所を生かす場もない。あの会社が悪いのではない。ただ、私の資質と、ミスマッチがあったように思う。
 
 
1年後、英語の仕事に転職することを決める。最終勤務日に、部長が私のところへ来た。
「あなたは入社した時は、イキイキして仕事をしていたよね。なのに、どんどん元気がなくなった。それを心配していた。金融機関は、すごく固いところだからさ。君には狭かったのかもしれない。あなたを活かせなかったことを、申し訳なく思う。英語が好きなら、どんどん挑戦したらいい。君の才能を開花させたらいい。君はいつも、笑顔でさわやかな挨拶をする人だった。その君でいなさい」
 
 
それを聞いただけで、涙で目の前が見えなかった。大きな花束を持ちながら、エレベーターに乗った。
 
 
あれから数十年後、高校で講演をしないか、と依頼される。好きな仕事をしている社会人講師として。私のメッセージは「あなたの才能を、生かせる場所を探しなさい」だ。
 
 
 
 
***

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2025-06-26 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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