資本主義が生んだ怪物
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:田中優希菜(ライティング・ゼミ5月コース)
※この記事はフィクションです。
「佐伯くん……またか。ここ抜けてるよ。何回も教えてるよね?」
はぁ、とため息が出そうになって、いかんいかんと堪える。
指摘をしているだけでもパワハラ扱いされる世の中で、ため息なんて以ての外だ。
君のために言っているんだよという気持ちを取り戻して、冷静を装う。
先々月から配属になった新人がまたミスをした。
総務に集まる消耗品の購入申請を取りまとめて発注する業務で、新人が1番初めに教わる仕事だ。
システムを使っているわりに手作業が必要で確かにミスをしやすい業務ではあるのだが、丁寧に確認すれば抜け漏れは防げるし何も難しいことはない。
だが、新人の佐伯はもう5~6回目は購入漏れの指摘とシステムの作業説明を受け、今日も同じミスを繰り返している。
人手不足で贅沢は言っていられないが、資本主義社会では結果が全てだ。
2か月丁寧に教えて簡単な業務もできないようでは任せられる仕事は限られるし、教育コストをかけるのも非効率だ。新人がミスをするのは当然だと思ってはいても、教えたことが改善されないと仕事にならない。そもそも、仕事をする気があるのだろうか? 説明時の相槌や質問もなく「わかりました」と言ってまたミスをするので、話を聞いているのかも不明だ。最近の若者はプライベートが大事だというが、賃金を貰って仕事としてやっているのだから、最低限の成果は出してもらわないと困る。成果が難しいなら、せめてやる気だけでも見せてほしい。
焦った様子もなく淡々と修正作業をする部下をみながら、脳内を不満が駆け巡る。ああ、ほんと、考えるほどイライラするな。
自分で対応していても時間が取られるだけなので、佐伯の対応は別の部下に任せてみることにした。去年異動してきた前川は、要領よく仕事を覚えて、数か月すると他の社員と遜色ない結果を出すようになった。
要領が良い前川なら必要以上のコストもかけないだろうし、人が良いのでできない新人の教育を嫌な顔せず受けてくれるだろう。
佐伯のミスが多く、新人の中でも特に手がかかっていること、教育係としてフォローしてやってほしい旨を伝えると、前川は「わかりました、やってみます」といつも通りに人の良い笑みを浮かべた。
翌日、前川の新人教育が始まった。
「上司から佐伯さんのフォローを頼まれたので、今ちょっとだけ現状確認してもいいですか?」
「はい」
前川が佐伯の隣に座る。
「消耗品の発注、何か抜けちゃうことが多いって聞いてるんですけど、どこでつまずいてるとかありますか?」
「すみません、気をつけてはいるんですけど、いつも気づけなくて……」
「なるほど……どこがわかってないか私もわからないから、1つずつ手順を確認してみましょうか」
佐伯がパソコンを操作し、1つずつ作業を進める。
前川は隣から画面をみて「うんうん」「合ってますよ」と声をかけている。
「あ」
「なんか間違えました?」
「いや、間違ってはいないんですけど、私が進める順番と違ってて。システムだと申請日時順になってるんですけど、物が届いたら部署ごとに配るじゃないですか。だから購入するときも部署ごとに並べ替えて発注して、営業は11品目、人事は5品目、みたいな感じでチェックしてるんです。発注順とかやり方は決まってないので、全部発注できてれば問題ないんですけど……」
「へえ、確かに自分が頼んだやつが来たとき、いつも仕分けるの大変だなと思ってました」
「そうそう、私はめんどくさがりなので、後々楽なようにって考えちゃうんですよね。実はこの発注、月末に部署ごとに経理に報告書出して予算管理してるんで、その時も発注に規則性がある方が楽だったりして」
前川から丁寧な説明が始まる。各部署の予算がどうやって決まるか、消耗品の購入記録が総務、経理、各部署とどうやって情報が伝わるか。
漏れ聞こえる会話に「佐伯はそんなこともわかってないのか、まったく……」と脳内でつっこみを入れて、コーヒーを飲んで、ふぅ、と安堵する。
前川に任せておけば、自分に報告が挙がる前にミスの修正が入るだろう。
私の仕事はかなり楽になるはずだ。
実際、週に何度もあったミスの報告はだんだん減り、ミスをしているようじゃ任せられないと保留にしていた仕事も、前川から教わってそれなりにこなすようになっていった。
1か月経つと、佐伯は誰よりも早く発注から各部署へ届けるまでをこなすようになり、その他の業務も前川の手を離れて1人でやれるようになっていた。
それどころか「発注歴まとめときました」「今日で今月の発注止めるので集計かけてもらって大丈夫です」と先回りする積極性も見せるようになった。
「前川、最近の佐伯、やる気出てきたね」
前川の業務報告の後、教育係をねぎらう気持ちで声をかける。
「佐伯さん、まだ仕事の全体像がわかってなかっただけだと思いますよ。会社のお金とか申請の流れを教えたら、他の仕事もわかってきたみたいで」
では、とほほ笑んで、前川は自身の仕事に戻る。
そうか、1つ1つの仕事は教えていたが、確かに全体の繋がりはわざわざ教えていなかったかもしれない。やっていく中で自然と掴んでいくものだし、お金や申請の流れなどわかっていなくても業務に支障はないので、自分もあまり意識していなかった。
その後も佐伯はぐんぐんと成果を出し、他部署からは良い新人が入ってよかったな、と言われることが増えた。
鼻が高い一方、「できない人間に教えても意味がない」と短期的な評価を下した自分を恥じるところもあった。
私は部下に対して、成果や効率性といった結果だけを評価して、プロセスを省みないままに佐伯をできない人間だと蔑んだ。
そうか、自分はいつの間にか、人間を人間として見ない、怪物になっていたんだな。
***
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