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オペラグラスからキミへ ボクというフィルターは不要かい? 


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:星空志音(ライティング・ゼミ5月コース)
 
 
※この記事はフィクションです。
 
親愛なるキミへ
 
「ぶら〜ん……ぶら〜ん……」
キミの胸元で揺れるボク。ある時キミはボクを手放した。
手放したのに幸せそうな顔をしているんだもの。ボクは少し寂しかったけど、嬉しかったんだよ。ボクが不要になったキミが少しだけ誇らしくみえたんだ。
 
 
ボクはキミ専用のオペラグラス。
キミの好きなものをずっと見てきたよ。年月を経て見る対象は少しだけ変わったりもしたけど、いつだってキミが一番見たいものを一緒に見てきたんだ。
 
初めて外に連れ出してくれた日のことを今でも覚えている。
滅多に当たらないライブが当たり、初めてのことに戸惑いながらも一生懸命調べて、ボクを見つけてくれたんだ。ピントの合わせ方から保管方法まで熱心に勉強して、ボクを大切にしようとしてくれるキミが大好きになった。最近はちょっとだけ扱いが雑になったけれども。
 
オペラグラスというボクのフィルターを通せば、遠くにいるはずの憧れの人が近くにいるようで、手放すことなんてできないだろう? 
アウトロに合わせて激しく揺れる前髪も、長年愛用したギターの傷でさえ見えるんだ。スクリーンに映し出されない瞬間も、ボクさえいれば手に取るように見える。一瞬たりとも憧れのあの人を見逃したくない、そんなキミにはボクが絶対に必要なんだ! 
 
それなのに、最近のキミはボクを扱う時に苛立っているようにみえた。
思うようにピントが合わない。何度もダイヤルを右往左往させてはボクと格闘する。ちょっとでも解像度が良く見たい気持ちは分かる。
更に、眼鏡を常用しているキミからすると、眼鏡を外してボクを使うか、眼鏡をしたままボクを使うかも、悩むポイント。使う時と外す時の数秒時間をロスしてしまうことが、キミはどうも気になるらしい。
そして便利なボクにもどうすることもできない欠点がある。それは、ボクの守備範囲外の所は何も見えなくなること。拡大して見ている所以外で「きゃー!」と歓声が上がれば目も当てられない。「オペラグラスを使ってさえいなければ気付けたのに……」落胆するキミの心が読めてつらくなる。視野が狭くなる引き換えに、拡大して見る喜びを手にしているんだ。ボクだって必死に応えようとするけど、万能ではない。少しのことは勘弁してほしい。
ボクはいつもストラップでキミの首にぶら下がっているのだけど、どうやら思っている以上にボクは重たいらしい。ボクが活躍する時間が少しずつ減ると、ボクの利便と肩こりからの解放が秤にかけられていることがわかった。遠征先への荷造りをする時にボクを連れて行くことを一瞬躊躇するキミに、ボクが気付いていなかったとでも思うかい? 
 
 
ボクというフィルターを通して見る世界と、通さずに見る世界。
キミはどちらを選ぶ? 
 
キミはあえてボクを使わない時があるよね。肉眼で見たいと。
ボクを使えば憧れのあの人を近くにいるかのように感じられるのに、どうしてだい? 
でも、分かるよ……。
どんなに遠くても自分の目で直接見たい時があるんだね。
ボクというフィルターを通してまで見たいと思うことが、なんだか欲をかいているようで罪悪感を感じるんだろう? 
 
でもね。人は何のフィルターも通さずに見ることは難しいんだよ。
だから産まれたばかりの赤子の目は美しいんだ。
以前キミがそう言っていたね。初めて手に抱いた我が子の瞳が、今までの人生で一番美しかったと。
何のフィルターも持たずにいる目なんてない。でも産まれたばかりの赤子にはそれがない。初めてこの世を見た目は、純粋無垢で何色にも染まっていない。
 
「ずっと赤子のような瞳でいられたらな……」
日々色々なものに染まり目が濁る。赤子の時の純粋さを忘れて。
赤子とは違い、人は生きていたら必ず目に喜怒哀楽が宿るものだ。
では産まれたばかりの赤子は善で、長年生きてきた私達は悪なのか? 
 
そんなことないとボクは思うんだ。
たくさんのフィルターはキミが人生経験を積んだ証なんだ。
フィルターが重なれば、主観的にならないことも先入観を持たずにいることも難しい。生きている限りフィルターを無くすことは無理だ。
でもね。この世界がフィルター越しに見えていると知るだけでも、気付けることはあるはずさ。キミがフィルター越しに見ている世界を、誰かもフィルター越しに見ている。そのことに気が付くだけでも、見えなかったことが少し見える気がしないかい? 
 
赤子の瞳には戻れない。
でもできるなら、人生経験を積んだ分、誰かの痛みが分かるような、そんなフィルターで生きていけたらいいよな。
 
 
真っ暗闇の中、キミはボクの手を離した。
遠くの人にも見えやすいようにと置かれた大きなスクリーンの明かりさえ消され、ただ音楽だけがそこにある。そんな時こそボクが必要なんじゃなかったのかい? スクリーンがないなら、憧れのあの人を近くにいるかのように感じる手段は、ボクしかないだろう? 
それでもキミはボクの手を離した。
近くに感じるとは物理的距離だけではないことにキミは気付いたんだね。
何のフィルターにもとらわれず豆粒サイズの憧れの人を眺めるキミは、とても幸せそうな顔をしていた。
そんなキミを見られてボクも嬉しかった。ボクというフィルターがあってもなくても構わない。フィルターがあることもないことも受け入れられたキミが、少しだけ誇らしくみえたんだ。
 
 
 
 
***

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2025-07-10 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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