メディアグランプリ

気温35度の中で日向ぼっこをする


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:及川佳織(ライティング・ゼミ7月コース)
 
 
水筒の冷たいお茶を飲みくだした瞬間、胃が握りつぶされたように痛んだ。きりきりと続く痛み。
 
やってしまった。
 
この痛みは覚えがある。たぶん30分くらいしたら下痢が始まるだろう。脂汗が流れる。歯を食いしばって痛みをこらえていると、顔から血の気が引いていった。
 
1年に1度か2度、こういうことがある。胃の強い痛み、下痢、時には嘔吐、悪寒。身体がふるえ、汗が流れ続け、ふらふらになる。
 
原因ははっきりしている。冷えである。冷房病といってもいいかもしれない。エアコンのきいた事務所で1日中仕事をしていて、自分で気づかなくても身体の芯が冷えていたのだろう。熱中症対策とばかりに冷たいものをたくさん飲んでもいた。身体が冷えを受け止めきれなくなると、まるでアラームが鳴り響くように、突然症状が出る。
 
もう何度も経験しているので、状況はわかっていて、対処のしかたもわかっている。下痢が始まるのを待ち、それが終わるのを待てば、一気に改善に向かう。家にいるのであればどうということはないが、まずいことに、ここは職場である。
 
とりあえずトイレに行こうと立ち上がると、立ちくらみがした。そろそろと歩いて、トイレに入る。汗が流れ続けて、タオルハンカチがびしょびしょになってきた。早く下痢がおさまらないかと焦る。
 
昼休みまであと5分。いつまでも席を空けられないのでいったん戻る。痛みをこらえながら5分をやりすごし、本格的にトイレにこもった。
 
かつて、最初にこの症状が出た時には、驚いた。何の病気なのか、何が原因なのか、まったくわからなかった。ブルブルふるえながらふとんにくるまり、病院に行くべきか、どうしたらいいか、考え続けた。
 
実はちょうどその頃、鄧小平の評伝を読んでいた。鄧小平は中国の政治家で、1980年代に「改革開放」政策を始め、中国の今の経済発展の基礎を作り上げた人物だ。しかし、そこへ至るまでには政敵との激しい争いがあった。
 
一時期、鄧小平は権力闘争に敗れて軟禁されていたこともある。過酷な強制労働をさせられ、ろくな食べ物も与えられず、しばしば病気で倒れたが、薬も栄養のある食事もなく、砂糖水を飲むのを許されただけだった、というエピソードがある。
 
この評伝にはまって読みふけっていた頃に具合が悪くなったので、「そうだ、鄧小平のように砂糖水を飲んでみよう」と思い立った。実に影響されやすい性格である。
 
ふらふらしながらぬるま湯に砂糖を溶かして飲んでみた。
 
瞬く間に全部吐いた。
 
今になったらよくわかるが、冷えによって悪くなった身体の中の食べ物や水を外に出し切ってしまわないと、この症状は治らない。飲んでいいのはせいぜい白湯くらいである。
 
こういう考え方はとても東洋医学的だ。正式に漢方や中医を学んだわけではないが、「冷え」が細菌やウイルスと同じく、病気の原因になるのは間違いない。実際に自分の身体で「冷えが体調不良を起こす」ことを経験しているので、ちゃんとした理屈はわからないながら、断言できる。
 
漢字を見るとわかるが、ひんやりする風によってよくない症状(邪)が引き起こされるのが「風邪」である。中国語では風邪のことを「着涼」ともいう。涼しさ、冷えが身体に着くということだ。ウイルスによるものは「風邪」とも「着涼」とも言わない。「感冒」である。
 
東洋では、何千年にもわたってこうした症状の経験を積み、「冷え」こそが原因であるという結論に至ったのだろう。だからこそ言葉として残っているのだ。
 
人間の経験、そこから生み出される理論(この場合は東洋医学の理論だ)というのは大したものだと思う。それが言葉として残っているのもすごいことだ。
 
そんなことを考えていたら、ようやく下痢がおさまった。これで峠は越えた。
 
水筒の冷たいお茶を全部捨て、白湯を入れて外に出た。すぐそばに公園があるのだ。この日は最高気温35度。でもまったく暑いと思わない。むしろ、そよ風が当たってもブルっとふるえが来る。
 
太陽が照りつけているベンチに座り、お腹や背中を陽に当てながら白湯を少しずつ飲む。
 
おひさまというのはありがたいものだ。少しずつ体温が上がってくるのがわかる。30分もすると「もう大丈夫そうだな」と思えた。
 
わかっていたのに、何度か経験しているのに、ついうっかり冷房に当たりっぱなし、冷たいもののがぶ飲みをやってしまった。
 
でも、今回は本当にラッキーだった。昼休みでよかった。仕事中だったら早退しなければならないところだった。近くに公園があってよかった。ビルの谷間の陽だまりでぼんやり立っていたら、怪しまれてしまうところだった。それに、晴れていてよかった。雨だったら外に出ることすらかなわなかっただろう。
 
時計を見ると、昼休みはあと12分ほどだった。よし、あと7分、陽に当たって、もう少しだけ元気を取り戻して戻ろう。
 
 
 
 
***

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2025-07-17 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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