燃える愛はストックホルムの高架下に
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:キャサリン.(ライティング・ゼミ7月コース)
もう6年もたつというのに、いまだに鮮明に、そして強烈に脳裏に焼き付いているシーンがある。
私にとって初めての北欧旅行。11月のストックホルムは、15時を過ぎるころにはもう陽が傾き始め、街はすっかり夕方の気配に包まれる。夜に向かって高速で過ぎ去っていく太陽を感じると、なんとなく足早にホテルに戻りたくなる。最高気温は5度ほど。最低気温は氷点下の日もあるのだろう。ハワイ生まれ福岡育ち、極度の寒がりな私にとっては、警戒度MAXの寒さだった。
その日も、時計を見ればまだ午後のおやつの時間くらい。なのに、陽の光に体内時計が反応するのか、早めに夕飯を済ませようと夫と二人、ホテルを出た。ロビーに飾られた大きなクリスマスツリーや、目の前の手入れの行き届いた公園を眺めつつ、「何を食べようか?」「おなかの減り具合はどう?」などと和やかに会話しながら、飲食店が集まっていそうなエリアへと歩き始めた。
北欧といえば治安のよさがよく知られている。旅の前半をフィンランドで過ごしてみて、なるほどそれは間違いなかった。人々は控えめで素朴。首都ヘルシンキですら、どこかもの静かだった。
けれど、初めて降り立つスウェーデン、ストックホルムは、また違う空気をまとっていた。街には都市の喧騒や雑踏があり、クリスマス前の華やかな店々が立ち並ぶ。もしフィンランドが「厳かに」クリスマスの支度をしているとしたら、スウェーデンにはもう少し日本のクリスマスに近い、商業的な賑わいがあった。人々は控えめながらも活発で、生き生きとしていた。ビジネスに、家庭に、充実した人生を謳歌する男女が行き交っていた。
そして、残念ながらきっと世界のどんな都市でも見かけるであろう、路上で生活する人々の姿が、ストックホルムにもあった。彼らの日常もまた、風景の一部として、違和感なくそこに存在していた。
高架下のほの暗さは、お天気に関係なくいつもそこに漂っているものだと思う。晴れていても曇っていても、日本でもスウェーデンでも、きっと変わらない。ストックホルムの高架下は、11月の曇り空と、最高5度までしか上がらなかった空気、沈み始めた太陽の下で、より一層どんよりとしていた。空気は乾燥しているのに、どこか湿った印象を受ける。コロナ前だったので、ソーシャルディスタンスは関係なかったはずだが、何とはなしの等間隔で、そこに暮らす人々の家財道具がまとめられていた。9割がた無人だったが、ぽつりぽつりと家主のいるスポットもあった。夫との和やかな会話は一瞬とぎれ、お互いなんとなく足早にそこを通り抜けた。
たしかその日は、いろんなお店をのぞいた末に、ピンとくる店が見つからず、結局ケバブを食べたと思う。たぶん、まあまあ美味しかった。ケバブを頬張りながら、「さっきの道って危ないんかなあ?」と、無言で通り抜けた高架下の話をした。治安のよさで知られる北欧とはいえ、そして夫と一緒とはいえ、私はあの空気感が少し気になっていた。
「もし帰る頃もう暗くなってたら、違う道を通らない?」「そうね。まぁでも、さっさと歩けばすぐ抜けられるし、そこまで危なくはないんじゃない?」「……そっか」
そんな会話を交わしながら、結局来た道を戻ることにした。
スウェーデンは、比較的移民に寛容な国で、多くのクルド人が暮らしていると聞いた。私たちが訪れた当時のスウェーデンには、シリアやイラク、ソマリアなど、紛争地からの難民も多くたどり着いていたらしい。
帰り道、高架下の状況は分かっていたので、夫としっかり腕を組み、来た時よりずっとずっと足早にその場所を通り抜けた。どの家財道具スポットにも家主が戻っていた。日がすっかり暮れた高架下は、愛想のない街灯に白々と照らされ、気温も下がり、不穏な空気がいっそう濃くなっていた。
競歩並みのスピードでそこを抜けたとき、私たちの脳裏には、まったく同じシーンが焼き付いていた。
「……今の。見た?」「見た」「……」「……」
高速で通り抜けたはずなのに、私たちは、世界でいちばん幸せな女性を、はっきりと見た。
ストックホルムの高架下で、その女性は、幸せのあまり光り輝いていた。その圧倒的な輝きに、私たちは瞬時に目を奪われたのだ。煮しめたような布団にもぐりこみながら、彼女は隣ですでに眠っている人に、いとおしさで釘付けになっているようだった。隣の人が大人か子供か、男か女かさえよく見えなかったけれど、そのまなざしから、それがきっと恋人か夫なのだと、私たちは直感した。
「この人の隣で今日も眠りにつける。爆弾も銃口もない場所で、明日もきっと静かに朝がやってくる。この世界は、私たちための幸せな世界」そんな声が、聞こえた気がした。
夜が来るたび、世界中の多くの女性たちがきっと繰り返している、何気ない日常。愛する人の傍で眠りにつく——ただそれだけのことが、あの瞬間、彼女を誰よりも幸せにしていた。どんな日々を生き、何から逃れ、どこを通ってあの場所に辿り着いたのか。思いを巡らせても、私たちには知るすべもなかった。
冬の凍りつくような風も、白々とした街灯も、煮しめた布団も関係ない。その女性は、あの瞬間、世界でいちばん幸せだった。夫と腕を組み、お腹を満たした日本人旅行者の私よりも。
幸せって、平和って、愛って、なんだろう。
あのまなざしの輝きは、世界遺産も絶景もかすむほどに、胸を撃ち抜く美しさだった。
***
この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
お問い合わせ
■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム
■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。
■天狼院書店「天狼院カフェSHIBUYA」
〒150-0001 東京都渋谷区神宮前6-20-10 RAYARD MIYASHITA PARK South 3F
TEL:03-6450-6261/FAX:03-6450-6262
営業時間:11:00〜21:00
■天狼院書店「福岡天狼院」
〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
■天狼院書店「京都天狼院」
〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜20:00■天狼院書店「名古屋天狼院」
〒460-0002 愛知県名古屋市中区丸の内3-5-14先 レイヤードヒサヤオオドオリパーク(ZONE1)
TEL:052-211-9791/FAX:052-211-9792
営業時間:10:00〜20:00■天狼院書店「湘南天狼院」
〒251-0035 神奈川県藤沢市片瀬海岸2-18-17 ENOTOKI 2F
TEL:0466-52-7387
営業時間:
平日(木曜定休日) 10:00〜18:00/土日祝 10:00~19:00