メディアグランプリ

高3男子、きびだんご戦略の全貌。


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:由紀 みなと(ライティング・ゼミ7月コース)
  
   

「ありがとう、うまかった」

「ありがとう、よろしく」

「ありがとう、お疲れ」

 

高校三年生の息子は、今日も「ありがとう」を量産中。時には「ごめん」の代打に、時には「うるさい」の隠れ蓑に、時には「面倒だ」のやんわり表現に。

   

息子の「ありがとう」は、まるで桃太郎のきびだんご。

   

きびだんごは、昔話の「桃太郎」が鬼退治に持っていく必須アイテムだ。ひとつ渡せば犬も猿もきじもスカウト成立。心を開いて仲間になってくれる。しかも「この人、推せる」と思わせる、無敵のコミュ強スイーツだ。

   

息子の「ありがとう」の起源をたどると、中学一年生の春。コロナ禍で授業がすべてリモートになった、あの幻の一学期だ。ちょうど息子は小学生から中学生になるタイミングで、初対面のクラスメイトと「画面越し人間関係」を築かねばならなくなった。

 

リアルではない交友関係の中で、息子はどうやって気持ちを伝えればいいのか悩んでいたのかもしれない。画面の向こうに顔は見えるけれど、全部が曖昧な世界で、息子がひねり出したのが伝家の宝刀「ありがとう」だったのではと、母はにらんでいる。

 

息子の学校では先生を「○○先生」ではなく、「○○さん」と呼ぶ。地味にこのルールによって、「もう大人サイドなんだ」という意識に火が付いたのかもしれない。大人らしい言葉を使わなければ。そんな気持ちが「ありがとう」量産への第一歩を踏み出したようにも思う。

 

実はその頃、私にも変化があった。中国語講師をしていた私は、すべてがリモートになったことをきっかけに、コーチングを学び始めた。リアルで誰とも会わないので、中学生の息子にセッションの練習相手になってもらうようになった。

 

それまでの私は、母という名の審判員だった。「宿題やった?」「部屋は片付けた?」「テスト大丈夫?」。常にピーピーホイッスルを鳴らしていた。だが、コーチングのおかげでスタンスが一変。息子と同じ目線で話を聞けるようになった。

 

「そうなんだ」

「うんうん」

「君はどう思う?」

 

母親と息子ではなく、一人の人間として、もう一人の人間に向き合う。そんな風に接するようになったとき、静かな変化が訪れた。息子が私に「ありがとう」と言うようになったのだ。それも、かなり頻繁に。

 

が、しかし、息子が高校一年生の秋、大きな変化が起きた。私が家を出て、約1年後に離婚成立。調停が始まると、息子は驚くほど冷静にこう言った。

 

「今の住環境や学校を変えたくないから、お母さんとは一緒に住まない」

 

十六歳の息子が、ここまでしっかり自分の考えを口にできるなんて。私の方が感情ジェットコースターだったことを恥じて、息子の意志を尊重することに決めた。親権を放棄し、とにかく早期決着を目指して離婚を進めた。

 

この時期、息子のきびだんご、いや「ありがとう」はすっかり消えてしまった。本当に申し訳なくて、かなり心配したが、正式に離婚が決まる頃には、「ありがとう」復活。むしろ前より強めに。まるで「お疲れさま、これで安心したよ」とでも言いたげに。すまない、息子よ。そして、ありがとう。

 

それと、帰国子女が多い校風も作用している気がする。「Thank you」は「Hello」と同じくらい気軽な言葉。自然に口をついて出てくる。そんな感覚が息子にも伝染したのかもしれない。こうして、息子の「ありがとう」はお礼の言葉から、魔法の言葉へと進化した。

 

遅刻しそうな時の「ありがとう」は「ごめん、迷惑かけて」

私が説教モードだと察知した時の「ありがとう」は「もう大丈夫だから、ストップ」

答えたくない時の「ありがとう」は「それ、今じゃない」のサインだ。

 

A君には律儀な犬に渡すような丁寧な「ありがとう」を。笑わせてくれるB君には軽快な猿への陽気な「ありがとう」。冷静に聞いてくれるCさんには品のあるきじに手渡すような「ありがとう」を。みんな、息子にとってかけがえのない存在だ。

 

ママ友情報によると、子どもたちが言ってくれるらしい。「○○くんって、いつもありがとうって言ってくれるから話しやすい」「一緒にいると安心する」と。

 

息子の「ありがとう」は、警戒心をゆるめ、心の扉を開かせ、「この人となら大丈夫」という安心感を与える。しかも言った本人も幸せ顔。桃太郎のきびだんごのように、小さくて、素朴だけれど、確実に人の心を動かしている。

 

思えば、私たち大人はいつから「ありがとう」を節約するようになったのだろう。ありがとうにはありがとうが言えるけど、自分から感謝を言いそびれていることに気付く。

 

息子の「ありがとう」を聞くと、感謝の言葉は消耗品ではないと気づかされる。使えば使うほど、周りが温かくなり、人間関係が丸くなる。そして何より、言っている本人が幸せそうでカッコよく見える。

 

コロナ禍や仲間たちの存在が、息子に「ありがとう」という宝物をくれた。画面越しの曖昧な世界で、気持ちを届ける方法として身につけた「ありがとう」が、息子の毎日をふんわり居心地よくしてくれている。

 

ただ、全方位でないことも事実だ。高校一年生の両親の離婚に直面して、息子の「ありがとう」は一時的に姿を消した。でも、新しい生活が落ち着くと、「ありがとう」は見違えるほど力強くなって戻ってきた。まるで「もう大丈夫」と言わんばかりに。

 

人生の嵐を超えたからこそ、息子の「ありがとう」はより深く、じんわり染みる響きになった。感謝って、やっぱり大事。そう身をもって知ったのだろう。(何度も言うが)すまない、息子よ。そして、ありがとう。

 

高校三年生になった息子は、今日も「ありがとう」をせっせと量産してばらまき中。きっと大学生になっても、社会人になっても、ポケットにきびだんごを常備しているに違いない。

 

それと……

鬼退治には行かなくていいよ。

おばあさんのところに、たまにでいいから帰ってきてね。

   

気付いたことを、ひとつだけ

「高3男子、ありがとうはきびだんご」
 
 
 
 
***

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2025-07-31 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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