メディアグランプリ

高3男子、TikTokからのTOEIC。ブーメランを投げる夏。


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:由紀 みなと(ライティング・ゼミ7月コース)
  
   

   

「やってみないとわからないよ」

 

息子に何度となく投げてきた、私の定番フレーズだ。

 

習い事を渋るとき、練習を嫌がるとき、語学の試験をためらうとき……

そのたびに私は、やさしく、だが、しっかりと背中を押してきた。

もちろん本人の意志を尊重して……

 

「とりあえず一回行ってみようか?」という名の軽い強制。

 

ところが、ある日、息子がまさかの逆襲に出た。

 

「お母さんも、TikTokやってみなよ。やってみないとわからないよ」

 

ガガーン。その瞬間、私は悟った。この一言に込められた破壊力を。

まさか自分の武器がブーメランになって返ってくるとは。

 

「やってみないとわからないよ」

 

ああ、私、これまで何回使ってきただろう。

ピアノもサッカーも中国武術も、「やってみないとわからないでしょ?」と、笑顔で圧をかけていた私。

その圧を、今、我が子から浴びるとは。

しかも、よりによってTikTok。

 

さすがにTikTokは無理がある。

顔出しを想像するだけで胃が痛い。

私の頭の中はフル稼働の「やらない理由プレゼン」が始まった。

 

作業時間どれだけかかる

踊れない私が、誰に向けて何を語る

年齢的に……ムリムリムリ

 

と同時に、息子にこんな衝撃を与えていたのだと、17年経って初めて知る感覚。

だが、ここであっさり「NO」と言っては、母親歴17年のメンツにかかる。

 

「わかった。ところで、TikTokはさすがにお母さんには痛いから、YouTubeにしていい?」

 

ああ、ずるい。自分でもそう思う。

でもこれは、ある種の生き残り戦略。

バンジージャンプをと言われて、代わりにスカイダイビング体験VR。あるいは、炎天下のマラソンの代わりに冷房のきいた部屋のランニングマシーン。

似ているけど、安全地帯。

 

そうして私は、「限定公開」「顔出しなし」「1週間だけ」と、さらに条件を上乗せして、

YouTubeにそっと動画をアップした。

 

実際には「誰にも見せない」ので、YouTubeをやってみたことになるのかどうか微妙だが、息子には毎日、動画のリンクを送った。息子も律儀に毎日「いいね」をくれた。

これが、半世紀以上生きてきた大人の処世術だ。ガハハ。

 

でも、その過程で気づいてしまった。

 

私たちは子どもに「やってみなければわからない」と言いながら、実は選択肢を巧みにコントロールしていたのだと。

 

まるで、ショーウィンドウにキラキラした商品をたくさん並べながら、

「こちらは特別に厳選した3点です」と、3つの内のどれかに誘導する手法。

いや、それって、全部「親セレクトのおススメ」ですよね?

 

息子がTikTokを勧めた時、私が真っ先に発動したのは「自分の経験値」だった。

でも、息子がサッカーを嫌がったとき、ピアノをやめたいと言ったとき、

私はその「経験値」や「違和感」を許さなかった。

 

なぜ? 生きてきた年数が親と子ほど違うから?

3歳児には3年、5歳の子どもには5年育んできた、豊かな感性と感情があるのに(胎内時間は除く)。親子というだけで、そこは尊重されなくていいのだろうか?

 

心理学では「自己決定感」がモチベーションを高めると言うらしい。

確かに「やらされてやったこと」で人生変わったという話は、あまり聞かない気がする。

「嫌々参加した合コンで運命の出会いが」的な話はあるが、それだってレアケース。

 

息子がこの17年で育んできた価値観やセンサーを、ちゃんと尊重してきただろうか?

親の「やらせたい」と思う気持ちの奥にある、勝手な思い込みが、

子どもの感性や感情を曇らせてきたのではないか。

 

そして

「やってみなよ」ブーメランは、

この夏、思わぬ展開を呼ぶことになる。

 

事の発端は、息子が中国語も頑張りたいというので、8月に(級は違うが)母子で一緒にHSK(中国語の検定)を受ける予定になっていた。

「母と息子が同じ試験会場で、同じ試験を受けるって、ステキよね」

という、いかにも母が好みそうな「仲良しプロジェクト」で、私はルンルンしていた。

 

が、HSKの受験申込直前になって、息子が冷静な表情でこう切り出した。

 

「やっぱ高3の今は、中国語より、英語だと思う」

 

ふむ。言いたいことはわかるが、なぜ急に方向転換?

 

「でさ、TOEFLを受け直そうと思ったけど、受験料が高すぎるから、

代わりにTOEICを受ける。父さんの点数、抜いてやりたいんだよね」

 

えっ、母と仲良しプロジェクトじゃなくて、父への宣戦布告!?

しかも、過去に父が自慢していたあのスコアが、こんな形で引き合いに出されるとは。

TOEIC受験の動機が「夏休みのお小遣いを渋った父をギャフンと言わせる」って、いっそ清々しい。

 

こうして、当初の「仲良しプロジェクト」は、あえなく解体となった。

(白状すると「お母さんも、TOEIC受けてみなよ」と言われなくて、かなりホッとした)

 

思えば私は、「やってみなよ」と言いながら、自分の都合のいい選択肢しか置いていなかった。

ショーウィンドウにはたくさん並べてる「ふり」をしつつ、「この中から選びなさい」と無言の圧。

 

本当は、選択肢はたくさんあっていいはずだ。

TikTokでも、YouTubeでも、HSKでも、TOEFLでも、やらない選択でも。

その中から本人が「これならやってみようかな」と感じられる選択肢こそが、「本当の第一歩」なんだと思う。

 

というわけで、母は限定公開でYouTube動画をアップし、

息子は父の背中をにらみつつ、TOEICの勉強を始めている。

なんだかんだで、私たち、一歩ずつ「やってみて」いる。

 

親の経験値だけが正解ではない。

息子の直感も、大人顔負けの戦略も、確かな「判断基準」なのだ。

 

顔は出せない。でも言い訳ならいくらでも出せる母と

自分軸で未来を選びはじめた、逆襲の高3男子。

 

また何か新しいことを提案されたら、

軽やかに言ってみようと思う。

 

「そうね、やってみるわ」って。

たぶん……

 

気付いたことをひとつだけ

「高3男子、母、進路は自由だ。それぞれの歩幅で」

 

***

   

この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院書店「天狼院カフェSHIBUYA」

〒150-0001 東京都渋谷区神宮前6-20-10 RAYARD MIYASHITA PARK South 3F
TEL:03-6450-6261/FAX:03-6450-6262
営業時間:11:00〜21:00


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00


■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜20:00

■天狼院書店「名古屋天狼院」

〒460-0002 愛知県名古屋市中区丸の内3-5-14先 レイヤードヒサヤオオドオリパーク(ZONE1)
TEL:052-211-9791/FAX:052-211-9792
営業時間:10:00〜20:00

■天狼院書店「湘南天狼院」

〒251-0035 神奈川県藤沢市片瀬海岸2-18-17 ENOTOKI 2F
TEL:0466-52-7387
営業時間:
平日(木曜定休日) 10:00〜18:00/土日祝 10:00~19:00


 

 


2025-08-07 | Posted in メディアグランプリ, 記事

関連記事