高3男子、集合写真事件簿~面倒くさくて編~
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記事:由紀 みなと(ライティング・ゼミ7月コース)
「修学旅行の写真、見てないかもしれないから送るね」
半年前のある日、スマホの通知とともに、それは突然やってきた。
ママ友から届いたメッセージ。私は条件反射で開封した。
高校二年生の秋、京都・清水寺をバックにした集合写真。
そこには、満面の笑みを浮かべた息子がいた。心から楽しそうな表情に、私も自然と笑みがこぼれる。
だが、喜びの一秒後、私は写真の中に強烈な違和感を覚えてしまった。
息子だけ、ネクタイをしていない。
みんなお揃いのブレザーに白いシャツ。なのに、息子の首元だけがぽっかり空白。周りの男子はみんなきちんとネクタイを締めているのに。
うちの息子の首元だけが「今日は、開襟シャツの日」と言わんばかりに、やけに潔く白くて堂々としている。スポットライトを浴びたかのように、目が釘付けになった。
瞬間、私の脳内で勝手に哀愁ストーリーが始まった。
「息子のことだから、きっと持っていくのを忘れたのに違いない」
「私がいれば、ネクタイを忘れるなんてことにはならなかった」
「出発前に『ネクタイ持った?』の一言をLINEで送ればよかった」
後悔がぐるぐると無限ループを描く。追い打ちをかけるように、ママ友たちの声が耳にこだまする。
「かわいそうに○○くん、お母さんと一緒に住んでないからネクタイを忘れたのね」
ああもう、私の妄想脚本はいつだって早回し。
息子が高校二年生の夏、私たちは離婚した。息子は父親と暮らし、私は別の場所で一人暮らし。だから、学校行事のお知らせの多くは、私の手元には直接届かない。
クラス集合写真はなおさらだ。息子が「はいこれ」とわざわざ見せてくれるなんて、まずない。
そんな私にとってママ友ネットワークは命綱。密輸業者のようにこっそりと「お知らせでもなんでも、写真も出回ったら送って」と頼むのが習慣化している。
だから、あの集合写真は、私にとっていわば「お宝画像」だった。
送ってくれたママ友に感謝しかないが、拡大したとたん、お宝画像は一転、「事件の証拠写真」へと画面が切り替わった。
しかもこの集合写真、女子の間でもちょっとした話題になっていたらしい。
「○○くん、ネクタイしてないよね? どうしたんだろう?」
母性は年齢問わず発動する(と思う)。彼女たちは軽く心配モードに突入してくれたみたいで、自然に娘から母へと情報は伝達されていった。
そして、近況報告を兼ねてのママ友ランチ。
案の定、この話題になった。
私は先手を打って自虐ネタでカミングアウト。
「一緒に暮らしてないと、こんなことになるのね、一生の不覚よ」と笑い飛ばしたつもりだったが、内心は穴があったら入りたい気持ちでいっぱいだった。
ママ友たちの優しい反応。「気にしなくて大丈夫」「男子あるあるだよ」「お母さんのせいじゃない」。言葉の端々から「やっぱり母親がいないと」という空気感を微塵も出さないように気遣ってくれている。持つべきものはママ友のみなさん。感謝しかありません、本当にありがとう。
だが、その思いやりすら素直に受け取れず、私は完全に「母親と一緒に暮らしていない可哀そうな息子」「面倒を見きれていない母親」というストーリーの中に自分と息子を閉じ込めてしまった。今なら言える、いい加減、目を覚ませ、私。
それから半年。ある日、息子に聞いてみた。
「そういえば去年の修学旅行、ネクタイ忘れたよね?」
すると返ってきたのは、思いもよらない息子の一言だった。
「え? ネクタイ? 持って行ったよ」
「ほんと? でも集合写真では……」
「あー、あれね。スーツケースに入れたままバスの下の荷物スペースにしまっちゃったんだよ。集合写真撮る時に気づいたけど、わざわざバスガイドさんにお願いしてスーツケース出してもらうの面倒くさくて」
面倒くさくて。
この六文字が、半年間の私の哀愁ストーリーを粉々に砕いた。
「ほかのクラスの子から借りられなかったの?」
「あー、面倒くさくて」
面倒くさくて。
なんだこの「面倒くさくて」の無双ぶりは。母の独走ハリウッド超大作を、見事にワンカットで終わらせた、大ヒット上映「面倒くさくて」に全米が泣きそうだ。
実際のところ、もうどうでもよくなってきたが、ついでに、母による渾身のオリジナルシナリオ「母親がいないから忘れ物をした可哀そうな息子」というストーリーを話すと、息子は目を丸くした。
「たった写真一枚で、バイアス強すぎやん」
確かに。
私もママ友も女子同級生も、母性フィルターを通して写真を見ていた。
一方、息子にとっては「ただのノーネクタイ男子」。以上。
この事件(というほどでもない)で私が学んだのは、「空白部分に勝手なストーリーを詰め込むな」ということだ。
特に親子関係では、このバイアスが強烈に働く。
子どもの行動一つひとつに意味を見出し、それを親としての成功や失敗の証拠のように扱ってしまう。子どもの行動や言葉に、「行間」や「言外の意味」を読む必要なんてないのだ。
思い返せば、私はバイアス道を全力疾走してきた。
息子が乳幼児の頃、「育児はトライアンドエラーだ」と近い人に言われて、
「エラー? 私のやっていることがエラーだっていうの?」と本気でブチ切れたことがある。今にして思えば、バイアス街道を爆走しながら、思考のカーブで盛大にスリップしてひとりでケガして泣いていたのだ。
息子の集合写真事件の真相は、実際はただの「面倒くさかった」話。
担任もカメラマンの方も「ネクタイ? 別に、そこじゃないんで」レベル。
深読みゼロ、感動ゼロ。哀愁ゼロ案件だ。
今ではあの集合写真を見るたび、私は笑ってしまう。
ネクタイより、母の想像力のほうがずっと派手に旅立っていたことに。
バイアスは誰にでもある。
大切なのは、それに気づき、ときに笑い飛ばせる余裕を持つこと。
そして、子どもの声に素直に耳を傾けること。
面倒くさがらず。かな。
気付いたことを、ひとつだけ
「ネクタイは、ポケットに入れておこうか」
***
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