私は囚人として生きている
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記事:茶谷香音(ライティング・ゼミ夏休み集中コース)
小学生の時、私はすでに囚人だった。
悪事は働いていない。むしろ、真面目な小学校生活を送っていた。
学級委員長に自ら手を挙げた。
宿題を毎日出した。
友達とも喧嘩せずに仲良くしていた。
一緒にクッキーを作った日もあった。
それでも、そんな楽しい思い出を差し置いて、いつも真っ先に思い浮かぶのは、あの日のことだ。
小5の夏休みが終わり、まだジメジメとした暑さが残っていた頃だった。
「今から、算数のテストをします」と先生が言った。
えー! と声が上がった。みんな不満を言いながら、いつも通りにそそくさと机を移動し始める。
テストが配られた。合図があるまで、テスト用紙に手を触れない。そして、絶対にしゃべらない。教室が静まり返った。
テストが始まった。
昨日家で削ったばかりの鉛筆を握って、目の前の問題に集中する。
苦手な問題が出た。頭が真っ白になった。
……解けない。
家に帰ってからもずっと、テストのことを思い出すと落ち着かなかった。
全く自信がない。先生に怒られるかもしれない。
そんな私を見た兄に、1度くらい悪い点数をとっても、全く問題ないと励まされた。
分かっている。それなのに、ご飯を食べているときも、お風呂に入っているときも、油断したら泣いてしまいそうだった。
心が重たかった。それは、悲しさでも悔しさでもなく、罪悪感だった。誰に申し訳ないのか分からなかったけれど、なんだかものすごく悪いことをしてしまったような気持ちだった。
なぜそんな気持ちになるのか、自分でもよく分からなかった。
数日後、テストが返却された。60点だった。先生には何も言われなかった。
私はそこそこ勉強をする子どもだったので、小学校のテストでは80点を下回ることはなかった。だから、60点をみたときはとてもショックをうけた。この時のことを、ずっと忘れられない。
兄が言っていた通り、大学生になった今まで、この時の60点のテストで困ったことはなにもなかった。次のテストではいつも通りの点数をとれていたし、成績にもそんなに影響を与えなかった。もっと言うならば、小学生の時の成績なんて、その後の生活になにも影響しなかった。
完全に忘れ去っていてもおかしくないほど、小さな出来事だった。
それでも、小学生の時の思い出を振り返ると、いつも真っ先に60点のテストが思い浮かぶ。親や先生に叱られた経験よりも、誉められた経験よりも、誰にもなにも言われなかった60点のテストをより鮮明に思い出す。
大学生になった今、私は自分自身が囚人であると気づいた。60点のテストの記憶は、自分が囚人であることを象徴するものだった。
それも、ただの囚人ではない。私は、パノプティコン型の刑務所に収容されている囚人だ。
パノプティコンとは、大勢の人を効率的に監視するシステムのことだ。パノプティコン型の刑務所は、監視員から囚人が見えるが、囚人からは監視員が見えない設計になっていた。つまり、囚人たちは、いつ自分が監視されているかが分からないのだ。
すると囚人たちは、実際には監視員に見られていなくても、「見られているかもしれない」と思って、自分で自分を律するようになる。
フランスの思想家であるミシェル・フーコーは、現代社会はパノプティコンだと述べた。私たちは、学校、職場、病院などの様々な場で、数値的に評価されたり、分類されたりする。学校の成績、健康診断の結果、SNSの「いいね」の数やフォロワー数、体重やBMI……。例を挙げたらきりがない。
それによって、私たちは常に「見られているかもしれない、評価されるかもしれない」と思うようになり、自発的に自らの言動を管理するようになる。
あなたも、誰にも見られてもいないのに、イヤイヤ必死で勉強した経験があるのではないだろうか。
私はパノプティコン型刑務所の囚人である。誰に怒られたわけでもないのに、60点のテストにずっと囚われ続けているのは、テストで良い点数を取らなければならないという社会の基準に服従しているからだ。
そして、フーコーが提唱したように、現代を生きる多くの人々が、私と同じような囚人である。
私はこれまで、社会が作った「できなきゃいけないことリスト」の多くをクリアしてきた。一人でお風呂に入れるようになる。算数の問題を解けるようになる。友達と喧嘩せずに譲り合う。お金を稼げるようになる。
……いや、私は誰からもそんなことは頼まれていない。
私は自らの意思で、社会に求められる人間になれるように、自分自身を監視してきた。
社会に浸透した“普通”という権力に服従し、人間社会に適応している。服従することが、私にとって楽な選択だったのだ。私は自らの意思で囚人になった。
重要なのは、私は囚人であると同時に、監視員でもあるということだ。
私は、社会の作った基準や普通に従うと同時に、自分以外の誰かにも、そうした基準や普通を押し付けている。基準や普通が権力としてあり続けるためには、大勢の人が、その権力に服従していなければならないからだ。
60点のテストに対して不安をこぼしたとき。それを聞いていた当時中学生の兄を、良い点数を取らなければいけないという“普通”に巻き込んだかもしれない。
街中で風変わりな恰好をした人とすれ違ったとき。私が不審な目を向けたことで、その人とその周辺の人を、「皆と同じにすべき」という“規範”に服従させたかもしれない。
友人の着ていた服を「可愛い」と褒めたとき。「可愛い」の“基準”を、友人や周りの人に押し付けたかもしれない。
私は、パノプティコンのような社会システムを構築する一員である。そんなつもりはなくても、常に誰かに影響を与えている。そして私が影響を与えた誰かもまた、社会システムを構築する仲間だ。
私たちは囚人として生きている。
そして、監視員として、自分じゃない誰かにも囚人として生きることを求めている。
≪終わり≫
***
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