私は母親。-実験道具にされた動物の物語-
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:茶谷香音(ライティング・ゼミ夏休み集中コース)
※この記事はフィクションです。
1950年代、アメリカ。
私は人間によって作られた。
私は、顔と体があるだけの、簡易的な布製の人形だ。手や足はない。体はただの塊だ。
私は、殺風景な部屋の隅っこに、壁に立てかけるようにして置かれた。周りは鉄の柵で囲われていて、窓はない。牢屋のような部屋だった。
ある日、人間が、アカゲザルの赤ん坊を連れてきた。赤ん坊は、私のいる部屋の中に入れられた。人間はこの子を、「5番」と呼んだ。それがこの子の名前だった。5番は、人間によって、実の母親から引き離された子だった。
人間がいなくなると、5番は不安そうにしながら、私にしがみついた。
私はこの日から、5番の母親になった。
部屋の中には私の他にもう1人、5番の母親がいた。彼女は私と同じように、顔と体があるだけの人形だった。しかし、人間は彼女にだけ、ミルクの入った哺乳瓶を与えた。私は5番にご飯を食べさせることはできないけれど、彼女なら、食べさせることができる。
もう1つ、私と彼女で違ったのは、彼女の体は針金で作られていたことだ。彼女の針金は青白く光っていて、人間の目と同じような冷たさを感じた。
布でできた、エサを与えることのできない私。針金でできた、エサを与えることのできる彼女。
人間は、5番が私と彼女のどちらを母親として認識するかを、実験しようとしているのだ。
私と5番と彼女の、3人だけの生活が始まった。
5番は、1日のほとんどの時間を、私と一緒に過ごした。私の体は布でできているから、触り心地が良いのだろう。あるいは、5番の本当の母親の感触に似ているのかもしれない。他の赤ん坊が母親にしがみつくのと同じように、5番は私にしがみついていた。
時々、5番は針金でできた彼女のもとへ行った。ご飯をもらうためだった。食べなければ生きていくことはできない。それでも、5番は、針金の彼女にはしがみつかなかった。満腹になれば必ず、私のもとに戻ってきた。
私は5番に愛情を抱くようになった。小さくて、どこか寂しげなこのアカゲザルの赤ん坊を守りたい。この殺風景な部屋の中で、私と5番は共に長い時間を過ごした。私の傍で、1人で遊んでいる5番を見ることが、私の毎日の楽しみになった。私は、まぎれもない、5番の母親になった。
それでも、私は5番を抱きしめてやれない。ご飯も与えてやれない。笑いかけることも、話しかけることもできない。ただ、5番が退屈そうに遊んでいるのを、見守ってやることしかできない。
ある日、人間たちがこんなことを話しているのが聞こえた。
「5番は布製の人形にしがみついている。エサをくれる針金の人形ではなく、布製の人形を母親だと思って信頼しているに違いない。やはり、赤ん坊が母親を信頼するためには、エサを与えてくれることよりも、触覚の快適さが重要なのだ」
「いや、5番が布製の人形にしがみついている理由は、ただ布が心地良いからというだけで、信頼とは違うかもしれない」
人間たちは、5番が本当に私を母親だと認識しているか、疑問に思っているようだった。
恐ろしいことが起こったのは、そのすぐ後だった。
その時、5番はいつものように、私のすぐ傍で遊んでいた。
部屋の扉が急に開いた。すると、なにやら恐ろしいものが、私と5番のいる部屋の中に入ってきた。
それは、悪魔のような形をしたロボットだった。目がチカチカと点滅し、鋭い歯で大きな音を鳴らしていた。ガチャガチャと手足を動かしながら、今にも襲ってきそうだった。
5番は悪魔を見るなり悲鳴をあげて、一目散に私のもとに逃げてきた。ブルブル震えていた。キーキーと鳴きだした。私の体に皺がつくほど、必死で私にしがみついている。
私には分かる。5番は、「死にたくない! 助けて!」と言っている。そんな我が子を助けたい。それでも、私にはなにもできない。
5番は、誰にも助けてもらえないことを悟ったのか、ロボットに対して威嚇を始めた。生き延びるために、5番は必死だった。
そんな5番をみた人間は、満足げに、こう言った。
「5番が怖がって布製の人形にしがみついた。これは、普通の赤ん坊が恐ろしいものを見たときに、母親のもとに逃げてしがみつく姿と同じだろう。やはり5番は、布製の人形を母親だと思っている」
悪魔はいなくなった。静かになった。それでも、5番は私にしがみつきながら、震え続けていた。
悪魔が来たあの出来事から、5番はぐったりとして、あまりご飯を食べなくなった。
そして数日後、5番は人間たちにどこかに連れていかれた。私は針金の彼女と一緒に、殺風景な部屋の中に取り残された。
私は我が子の帰りを待った。翌朝になっても、5番は帰ってこない。
さらに6日ほど経った。私は、もう5番は帰ってこないことをなんとなく察した。
5番がどこに連れていかれたかは分からない。私は、我が子の無事を、ただこの部屋の中から祈り続けることしかできない。
遠くで人間の声が聞こえた。
「5番はもうダメだ。精神をやられちまった。次は6番を連れてこい」
《終わり》
***
この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

お問い合わせ
■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム
■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。
■天狼院書店「天狼院カフェSHIBUYA」
〒150-0001 東京都渋谷区神宮前6-20-10 RAYARD MIYASHITA PARK South 3F
TEL:03-6450-6261/FAX:03-6450-6262
営業時間:11:00〜21:00
■天狼院書店「福岡天狼院」
〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
■天狼院書店「京都天狼院」
〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜20:00■天狼院書店「名古屋天狼院」
〒460-0002 愛知県名古屋市中区丸の内3-5-14先 レイヤードヒサヤオオドオリパーク(ZONE1)
TEL:052-211-9791/FAX:052-211-9792
営業時間:10:00〜20:00■天狼院書店「湘南天狼院」
〒251-0035 神奈川県藤沢市片瀬海岸2-18-17 ENOTOKI 2F
TEL:0466-52-7387
営業時間:
平日(木曜定休日) 10:00〜18:00/土日祝 10:00~19:00