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平安から学ぶ、心の傷の薬


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記事:茶谷香音(ライティング・ゼミ夏休み集中コース)

 

20年生きて気が付いたこと。それは、人生には、自分の力ではどうしようもできないことがある、ということである。

たった20年しか生きていない若いもんが何を言っているのか、と笑う人はいるかもしれないが、異論を述べる人はほとんどいないだろう。もはや言うまでもなく、人間は生きている限り、悲しいことや苦しいことを避けては通れないのである。

仕事、失恋、大切な人との死別、自然災害、病気、老い……

むしろ、自分の力でどうにかできるものの方が、少ないかもしれない。
私が飼っていたウサギと死別したときは、家では毎晩枕を濡らし、学校では空虚な時間を過ごしていた。

悲しいことは日常でも起こる。
バイトで嫌なことがあったり、テストで悪い点をとったりして落ち込む日もある。
(私がテストで悪い点をとった時に、過剰に落ち込む理由については、天狼院HPにアップされている『私は囚人として生きている』という記事を読んでほしい)

私はそんな風に悲しくなったときに、いつも、平安時代に「心の薬」を使っていた人たちのことを思い浮かべる。効果バツグンの薬である。

平安時代末期。大雑把にいうと、崇徳上皇と後白河天皇が対立した、保元の乱が起こった頃の時代である。
この頃に、藤原清輔朝臣という歌人がいた。この清輔も、私たちと同じように、悲しみを味わった人物である。
清輔は父親である藤原顕輔と不仲であった。家柄が重視されるこの時代、父親との不仲は、朝廷での昇進に大きく影響してしまう。清輔は父親からの支援が受けられなかったためか、長い間高い位を得られず、不遇な時代を過ごしたという。

私は、この清輔が詠んだ和歌が大好きなのである。

永らへば またこの頃や しのばれむ 憂しと見し世ぞ 今は恋しき

この先長く生きるならば、つらいと思っている今のことも懐かしく思うのだろうか。辛かった過去も、今では恋しく思い出されるのだから。

父親との対立で、つらい時期を過ごしたときのことだろうか。
今この時につらいと思っていることも、時間が経てば悲しみは消え、いつか「懐かしいなぁ」と思い出す日がやってくる。

この清輔の和歌は、小倉百人一首の第84首目に収録されていることで有名である。
私は悲しい気持ちになるたびに、この和歌を思い出す。

そう。「心の薬」とは、時薬のことだ。時薬とは、時間が全てを癒してくれるというものである。清輔も、この時薬を使ったに違いない。あなたにも、清輔のように、昔悲しかったことや悩んでいたことを、今になって思い出として振り返る経験があるのではないか。

人生において悲しみから逃れることはできない。そして、目に見えない心は、身体の傷のように治療して治すことはできない。
そんなとき、時間はなによりも有効な薬となる。
(もちろん、時間が解決しないほどの深い心の傷もある。治療や物理的な薬が有効な場合もある。辛いときは迷わず病院に行ってください)

しかし、「良薬は口に苦し」という言葉がある通り、時薬は苦い。
効果が出るまでの時間が、とてつもなく苦いのである。

清輔が詠んだ和歌の通り、「いつかは時薬の効果がでる」と信じていれば、絶望する必要はない。しかし、時薬が効き始めるまでの苦しい時間を、なんとかして乗り越えなければならない。

では、どのように乗り越えるか。
平安時代にはもう一人、時薬を使い、苦しい時間を乗り越えた人がいる。誰もが知っているあの人である。

平安時代中期。清少納言は『枕草子』を執筆した。
清少納言が仕えていた中宮定子は、朝廷の政権争いに巻き込まれ、苦しい日々を送っていた。

時薬が効くまでの苦しい時を過ごす中宮定子のために、清少納言は『枕草子』を執筆した。

清少納言は、絶望の最中にいる中宮定子のために、日常の何気ない美しさや楽しさを描いた。
季節の移ろいを描いた「春はあけぼの」は有名である。

実は、「春はあけぼの」以外にも、清少納言は日々のちょっとした面白い出来事や切れ味の良い愚痴なんかも書いている。
例えば、面白いと思った和歌のこととか、別れた夫の鈍くて間抜けな姿とか笑。

清少納言は、絶望の最中にいたにも関わらず、日々の面白いことや楽しいことを文章に書いた。ものすごい爆笑エピソードや目を見張るような絶景について書いたわけではない。時代を超えて共感できる、ささやかな日常を描いた。
そして、中宮定子の時薬が効くまでの苦しい時間を、彩ろうとした。

悲しいとき、無理に立ち直ろうとする必要はない。時間が経てば時薬が効いてくる。それまでの時間を、『枕草子』のように、「ちょっとだけ面白くて美しいこと」で埋め尽くし、時間を潰していれば良い。

私たちは悲しみから逃れられない。そんな時に必要なのは、SNSで誰かを攻撃したり、無理に強がったり、我慢したりすることではない。
本当に必要なのは、今この時をやり過ごせるだけの、ちょっとしたユーモアである。

《終わり》

 

 

***

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2025-08-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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