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高3男子、カネの切れ目はお化け屋敷


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:由紀 みなと(ライティング・ゼミ7月コース)

 

 

酷暑の2025年、この夏いちばんの怪談話をお届けしたい。

 

題して……

「カネの切れ目、お化け屋敷事件」

 

人間が怖いのはお化け屋敷の幽霊ではない。怖いのは、数字の見えない未来だ。

 

お化け屋敷が怖いのは、暗闇の中で何が飛び出すかわからないからだ。

でも、もし「この先の角で、あなたと同じくらいの背丈の白ずくめの女性の幽霊が出ますよ」と事前に知らされていたらどうだろう。心の準備ができる分、僕より背が高いやん。くらいには思えて、恐怖は半減する。かもしれない。

 

「お化け屋敷の出口までは、角を3回曲がって、出てくる幽霊は5人、人魂は7つ」と案内があれば、むしろひんやり涼しい室内でのひとときで済むかもしれないのだ。

 

正体不明な恐怖よりも、「これが危ない」と知っているリスクのほうが、人間には受け入れやすいものなのだ。

 

高3になる息子が、幼稚園に通っていた頃、ママ友と連れ立って地域の夏祭りに出かけた。段ボール迷路仕立ての怖くなさそうなお化け屋敷が登場。子どもたちはワクワクして並んでいたが、お化け屋敷が苦手な私は正直「できれば外で金魚すくいを見守っていたい」気持ちだった。

 

ところが息子が小さな手でぎゅっと握ってきて「一緒に行こうよ」と言う。仕方なく覚悟を決めて入ったのはいいものの、最初の「わっ!」で二人そろって「ギャー!」と絶叫。息子はギャン泣き、母も涙目、暗闇の通路を抱っこして猛ダッシュ。

 

出口にたどり着いた瞬間、係の人から「お母さんの方が怖がってましたね」と笑われた。私は「息子に合わせたんですよ」と取り繕ったが、ママ友のスマホにばっちり証拠映像が残っていた。その後しばらく鉄板ネタにされ、いじられたことは言うまでもない。

 

そんな「親子で大泣きお化け屋敷事件」は、今となっては笑い話だが、私にとっては「未知の暗闇の怖さ」を息子と初めて共有した体験だった。

 

 

時は流れ、息子が高校1年のときのことだ。

離婚調停で親権を争うつもりだった私に、息子はあのときの幽霊なんて目じゃない恐ろしいひと言を私に突きつけた。

 

「今の環境を変えたくないから、お母さんとは暮らさない」

 

ぎゃー、そう来る?

 

息子のいう「今の環境」とは、父親の経済力によって維持されている学校や友人関係、生活水準、すべてのことだった。

 

当時の私に収入の目処なんてあるはずもなく、お財布の中は、幽霊が憐れんで返ってお布施を置いていってくれるような状況(自慢じゃないですが、今も状況に変化はありません汗)だった。

 

息子には「どうにかする」「一緒にいよう」というスポ根セリフしか返せなかったが、息子が欲していたのは「安心できる未来図」だったのだ。お化け屋敷の出口の先に今の環境がそのまま続いていること。それが何よりも重要だったのだ。

 

なまあたたかい風が吹く真夏の夜中、息子から長文のLINEが届いた。

 

「お父さんといるのは無理。でもお母さんと一緒なのも、お金のことが不安でたまらない。具体的にどうなのか知りたい」

 

それは明らかに助けを求めるSOSだった。真夏なのに、身の凍る思いがした。私は幽霊に二度見されそうなすっぴんのままで、今すぐ息子を迎えに行きたい衝動を脇に置いて、冷静に数字を並べて返信した。

 

「○○費+○○費=○○円、今と同じ環境を維持できる。ただし時間はかかりそう」「あらゆる奨学金申請=見通し○○円、学校は継続。成績は必要かも」「○○の場合、転校する可能性も」

 

代理人からは「数字が一人歩きするから、金額は伝えない方がよかった」と注意されたが、私はあえて全部伝えた。「今、主張しているのはここで、着地点はこうなると思う」と未来の地図を息子と共有する方が大事だと思ったからだ。お化け屋敷で子どもと一緒になって泣き叫んでいた母が、今度は懐中電灯で出口までの道筋を照らす番だ。

 

朝方になって「よくわかった」と息子から返信がきた。「ありがとう」とも書かれていた。その短文に安堵の気配が伝わってきた。

 

 

心理学的にも、「不確実性」は人間にとって最大級のストレス源だという。あのとき息子が迷い込んでいたのは、「出口の見えない真っ暗闇のお化け屋敷」だった。

 

私も実はお化け屋敷レベル、すなわち最上級にビビっていた。だが今回は、息子と一緒に泣きながらやみくもに走り抜けるのではなく、懐中電灯を持った「お化け慣れした母」を演じた。

 

「この角でゾンビが出るけど、見掛け倒しだから大丈夫」

「あっちの天井から白い手がいっぱい降ってくる予定」

 

そんなふうに見通しを伝えれば、息子は怯えずに歩ける。具体的な数字や選択肢を提示することは、恐怖を「見える化」することだった。

 

その後、息子自身が父親に働きかけ、離婚の早期決着を後押ししてくれた。息子は状況を理解し、「どちらにも行ける」という心の余裕から、自分の意思で判断できるようになったのだ。

 

「愛があれば大丈夫」

 

そんな母の精神論は、高3男子には魔除けのお札にもならなかった。必要だったのは、数字と計画と未来図。

 

私は息子のお化け屋敷の暗闇を全部取り払うことはできない。

でも「ここでコウモリが飛んできます」と懐中電灯で照らすことならできる。

 

あの夜のLINEは、私にとっても転換点だった。私と息子は以前よりずっと率直に話せるようになった。お金のことも隠さず相談できる。幼稚園のお化け屋敷では、二人して泣きながら出口を目指したけれど、高3男子はもう泣かない。むしろ母を先導するようにスタスタと歩く。

 

カネの切れ目は、確かに縁の切れ目かもしれない。けれど同時に、ちゃんと向き合えば「信頼の始まり」にもなる。

 

私はもう、みずから進んでお化け屋敷に入ることはなさそうだが、

息子の前にあるお化け屋敷は、この先も新しい仕掛けだらけだろう。

来年の夏、一緒に懐中電灯を持つのは母ではなく、たぶん彼女。

 

その頃母は、財布とにらめっこして「お化けより怖い出費」と戦っているに違いない。

もちろん、非常時に備えて懐中電灯は常備してます。

 

 

気付いたことをひとつだけ。

「高3男子、母の懐中電灯はLED、お財布はろうそくの灯」




 

 

 

***

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2025-08-21 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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