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高3男子、初のひとり旅。そのとき母は……


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:由紀 みなと(ライティング・ゼミ7月コース)

 

 

「来週、広島と神戸に行ってくるよ」

 

息子から聞いたのは、ほんの数日前のことだった。

 

てっきり父親と行くのだと思っていたら、まさかのひとり旅。しかも、初日は夜行バスで広島入りだという。NASA基準で言えば「新人宇宙飛行士がいきなり国際宇宙ステーションに長期滞在します」くらいのチャレンジだ。

 

「東京国際フォーラムでライブ見て、そのあと夜行バスで広島、翌日は神戸に寄る」

 

ざっくりとした説明のわりに、なかなか精密な旅程だ。宿の手配も、移動も、全部自分で調べて予約していた。スマホ一台で宇宙旅行を成し遂げようとする高3男子の姿に、私は軽く驚き、そして少し不安になった。

 

いや、かなり不安だった。

 

でも、高校3年生にもなって「危ないからやめなさい」なんて言えるはずもない。頭ごなしのに反対する代わりに、私は明るく提案した。

 

「GPS、今回だけちょっと見ちゃうかもだけど、いい?」

 

「まあ、いいよ」

 

あっさりOKされて拍子抜けしたが、内心ではものすごくありがたかった。離婚後は息子と別々に暮らしている関係で、親子で位置情報を共有しているとはいえ、ふだんは互いに干渉しないという暗黙のルールがある。

 

けれど今回は「初めてのひとり旅」。例外である。ちなみにGPSアプリのアイコン写真を更新していないので、息子の顔写真は小1のまま。不安がじわじわ宇宙規模に拡大する。

 

旅行に行く当日、ライブまで時間あるからと、息子がお昼ごはんを食べにやってきた。

 

私は、防水加工してあるポチ袋を息子に手渡した。

 

中にはお札が何枚かと、私と父親(私からすると元夫)の電話番号を書いた紙。息子はスマホに頼りきりで、肝心の電話番号を何ひとつ覚えていない。万が一、スマホを落としたときのための“お守り”だ。

 

「リュックの底に格納せよ。発動は非常時のみ。存在を忘れるくらいでちょうどいいから」

 

それは、私が小学6年生の修学旅行のときに、母がしてくれたことと同じだった。小さい封筒に千円札を3枚「何かのときのためにね」と言って、カバンの一番底に入れてくれた。

 

お財布を落としても、お土産の赤福は買えるなぁと、こども心に安心した記憶がある。

 

お昼ごはんを食べて、まったり過ごして、息子は東京国際フォーラムへと向かった。

 

18:00 アイコンが国際フォーラムに現れた。

 

「よし、現場に到着。エンターテインメントモード発動中」

 

19:50「そろそろバス乗り場に向かっていい時間だが、動きなし」

 

20:30 「あれ? 八重洲じゃなくて、新宿に向かってる?」

 

「ターゲット、想定外のルートに進行中。こっちも急いで情報収集を開始」

 

20:45 新宿バスターミナルあたりでアイコンが停止。

 

「なるほど、乗り場はここだったか」

 

想定外の発射台に一瞬動揺するが、すぐに対応するのがNASA流。

 

21:15 GPSのアイコンがゆっくりと動き出す。

 

「確認。ロケット(夜行バス)発射成功!」

 

私はひと息ついて、冷たい麦茶をごくごくと飲んだ。NASAの管制官は、打ち上げ成功の瞬間に拍手するが、母は冷蔵庫に走る。

 

22:45 アイコンがサービスエリアで停止。

 

「ターゲット、一時離脱。食料調達かトイレか……」

 

乗り遅れるなよ。

 

23:00 再び移動開始。

 

息子のアイコンが止まるたび、私は小声で自分に報告し、動き出すたびに安堵する。完全にNASAの管制官である。

 

2:00 アイコンは静かに西へと進む。

 

管制塔は完全徹夜だ。位置情報が途切れると「まさかブラックホールに吸い込まれた?」と被害妄想へと飛躍する。NASAのシミュレーションより過酷。こんな緊張感は、久しぶりだ。

 

眠れぬ朝を迎え、GPSが広島駅を示した。

 

「着陸確認! ミッション・コンプリート」

 

私はスマホをゆっくり置いて、大きく深呼吸した。

 

しばらくして、息子からLINEが届いた。

 

「広島に着いたよ」

 

即レスしたいが、プロの管制官はここで動じない。

2分30秒のクールダウンの後、冷静に返す。

 

「よかったね(スタンプ)」

 

「あんまり、眠れなかった」とすぐに返信が来た。

 

「お母さんなんて、一睡もしてないよ」なんて返せない。

 

「そうなんだ。無理せず楽しんで」

 

本当は管制室総立ちで拍手喝采なのに。サラッと済ませる母の演技力。

 

冷たい麦茶をまたごくごくと飲み干し、私はようやく布団に身を沈めた。

 

 

その日、息子は広島平和記念資料館を見学し、安芸の宮島に行った。食べ物系は、殻付きの牡蠣や、広島焼きの写真を送ってきた。

 

翌日は神戸へ。私の実家がある神戸は息子を連れて何度も帰省した馴染みのある土地だ。息子が小さい頃から通っていた大好きな明石焼きのお店で二人前の明石焼きを平らげたようだ。すぐに写真が送られてきた。

 

私は実は同じタイミングでGoogleフォトが作ってくれた「神戸の振り返りスライドショー」を流していて、幼い息子の姿と重なって、涙腺が決壊していた。NASAの管制官だって、ときには泣くのだ。小さなスマホの写真が、思いがけず心の奥の引き出しを開けてしまった。

 

スマホ越しの小さなアイコンが旅を続けるかたわらで、私の心もそっと旅をしていた。画面に表示される小1の息子の笑顔。何キロも離れた場所を指しているのに、まるで心が一緒に旅しているようだった。

 

そして私は気づく。これまで私の周囲をぐるぐる回っていた小さな衛星は、もうとっくに大気圏を抜け、自前の推進力で銀河に向けて飛び立っている。

 

夕方、息子から「今から、新幹線乗るね」とメッセージが入った。

私には「ただいま」に見えた。

「おかえり。無事でありがとう」

 

新神戸からの新幹線は慣れたルートだから、もう大丈夫。私のNASA勤務も終わりだ。

 

 

私は決意した。

 

息子が18歳になったら、GPSアプリはアンインストールする。

位置情報も見ない。

きっと

たぶん

できれば……

 

気付いたことをひとつだけ

「高3男子、母ゆずりの粉モン好き」




 

***

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2025-08-28 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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