“し”を伸ばした小さな私が残してくれたタイムマシン
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記事:森 昭子(ライティング・ゼミ5月コース)
私には時を超える乗り物がある。大袈裟なものではない。
小学校の夏休みに書いた、たった7冊の古い絵日記だ。ページを開けば、当時の空気や匂い、笑い声まで鮮やかによみがえる。2Bの濃い鉛筆。筆圧は強く、マス目に食い込むほどだった。
書くことに困りながらも、一生懸命書いていたあの頃の自分を思い出す。
絵日記といえば夏休み、夏休みといえば、恐怖の8月31日。
たまった宿題に追われ、泣きながら机に向かったあの夜。特に日記や読書感想文は、最後まで残る難関だった。新聞で天気を遡り、どうしても思い出せない日は空想して埋めたこともある。
始業式の前日に火事場のバカ力を発揮して、なんとかやりきったあの妙な達成感を覚えている人も多いのではないだろうか。
この間、実家で探し物をしていたら、夏休みの古い絵日記が出てきた。知らない間に母が黒い事務紐でがっつりまとめてくれていた。私の小学校1年生と2年生の絵日記が7冊。
表紙は昭和のレトロ感たっぷり。男の子と女の子が木のブランコをしているカラフルなイラスト。自分の名前は全部ひらがな。ページをめくると、上半分に絵を描くところ、下はマス目の文字欄。右には起きた時刻と寝た時刻、さらにお天気欄、左には温度計の絵まであって、まるで小さな研究ノートのようだった。
けれど、それが全部埋まっているのは1日目だけ。2日目からは天気も時刻も気温も真っ白。かろうじて「絵」と「文字」だけは書いていた。スタートダッシュを張り切るところは今も変わっていないな、と苦笑い。
それでもページをめくるたび、当時の夏休みの1日が蘇ってくる。
朝6時半にラジオ体操に行き、帰ってきて朝ごはん、テレビでアニメを見たらお昼は大抵、そうめん。午後は麦わら帽子をかぶって学校のプールに行き、地区のおばちゃんたちが用意してくれた温かい「飴湯」を飲んで帰宅。ぐったり疲れて、お腹にバスタオルをかけて昼寝して起きたら夕方のアニメ。お風呂に入って晩御飯を食べ、家族で話をしていたらもう寝る時間。ほとんど毎日この繰り返しだった。
毎日、「今日、私は……」のいつものお決まりの書き出しを書いてから手が止まることもしばしばで、書くことがなくて困っていたことを思い出す。
そんなことを思いながらページをめくっていた私は、ある日の絵日記を見て大笑いしてしまった。今では絶対思いつかないような秘策を編み出していた。
マス目が埋まらないので、「〜しました」の「し」を思いっきり伸ばして何マスも稼いでいたのだ。「ま」も同じ要領で線を思いっきり伸ばし、全体を眺めると「しました」だけが異様に長い。あまりにわかりやすいマス稼ぎ。それを堂々と提出していた当時の自分を思うと笑えてくる。
笑えたと同時に、少し羨ましくもなった。子どもの頃のあの既成概念にとらわれない伸びやかな感覚。人の目をほとんど気にしない自由さ。窮地に陥った時に飛び出す奇想天外な発想。そのすべてが、今の私には眩しく映る。確かにあの感覚は私の中にもあった。そして、あの頃はきっと、誰の中にも息づいていたはずの感覚だ。
それにしても「し」を伸ばしてごまかすなんて、今なら絶対できない。先生が見れば一目でバレるような小細工を平気でやってのけたあの頃の私。
あの頃は、他の何者かになろうなんて、これっぽっちも思っていなかった。いつからだろう、自分以外の“立派な誰か”になろうとして、苦しい時代を過ごしたのは。今となっては、もう思い出せない。
頼まれたら断れなくて、誘われたら笑顔で参加して、スケジュール帳はいつも予定でいっぱい。自分に自信を持てなくて声の大きな威圧的な人に振り回されて次第に自分を見失っていった時もあった。
けれど、あの苦しかった日々があったからこそ、今は自分の欠点もまるっと抱えながら、不完全さを愛しさに変えて笑えるようになった。だから今は、世界に一人しかいない“私”をもっと磨いていこうと思っている。そんな私は絵日記の中の幼い私に勇気をもらったように感じた。
さらに、ページをめくるとこんなエピソードも残っていた。
ある日、友達の家で遊んで自転車で帰っていたら、お友達が荷物をたくさん持ってしんどそうにしているところに遭遇。自転車に乗せてあげようと思ったが、近づいてよく見ると、荷物はそれほど重たくなさそうで、退屈そうなだけだったと感じたらしい。
そこで何をしたかというと、私はその退屈そうな友達に向かって、ただ『あはは!』と『笑い声』をかけたようなのだ。日記の締めくくりには、いいことをした気持ちになって、スカッとしたと書いてあった。
あまりの自分本位の視点に笑ってしまう。でも、退屈そうな人に「笑い声」をかけるという発想は、今の私にも新鮮だった。過去の私に自分で感心してしまった。
そして改めて思う。誰かを元気づけるのに、必ずしも立派な言葉や大きな行動は要らない。ちょっとした笑顔やひと声で、相手の気持ちが軽くなることもある。あの時の私はそれを自然にやっていた。今の私もまた、日常の中でそんな小さな「笑い声」を届けられる人でありたい。
その日、私は実家からその絵日記の束を持ち帰り、置き場所を決めた。いつも座ってパソコンをしている後の棚だ。振り返ればいつでも手に取れる場所。時々、引っ張り出してページをめくると、何ものにもほとんど縛られずに生きていた昔の私がそこにいる。
そしてその度に思うのだ。絵日記は、ただ懐かしい思い出ではない。「今をどう生きるか」のヒントをくれる私だけのタイムマシンだと。
あなたの家にも、眠っている「未来への扉」があるかもしれない。引き出しの奥にしまったままのノートや写真を、そっと開いてみてほしい。
そこには、未来のあなたを励ましてくれる小さな自分が、きっと微笑んでいるはずだ。その笑顔は、今を生きるあなたを支え、これからのあなたを優しく導いてくれるだろう。
***
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