『音楽療法士』の仕事とは、お母さんの優しいまなざし
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記事:和田玲子(ライティング・ゼミ8月コース)
音楽療法士とはどんな仕事なのか。その答えを一言で表すなら、私は「お母さんの優しいまなざし」だと思っている。医療や福祉、教育や司法など、音楽療法の領域はとても広く、対象となる人もさまざまだ。自分の気持ちをうまく言葉にできない子ども、うつで感情が不安定な人、あるいは人生の終末期を迎える方まで、誰もがその対象となり得る。音楽療法士は、音や声を通してその人の心に寄り添い、安心感や自己肯定感を届ける役割を担っている。
ある先生は、音楽療法士を「使い終わったトイレットペーパー」と表現し、また別の先生は「自転車に乗れるようになるまでの補助輪」と言われた。なぜなら、必要なくなった時には、さっさと忘れてもらって良いという意味が含まれている。どちらも、少し皮肉めいた比喩ではあるが、音楽療法士の仕事の地味さや縁の下の力持ち的な性質をよく表している。しかし私にとって音楽療法士とは、何よりも「お母さんの優しいまなざし」である。それは、長年、総合病院の新生児科で働いてきた経験に深く根ざしている。
新生児科には、体重がとても少なかったり、黄疸が強かったり、発達に課題を抱える赤ちゃんが多く入院している。中には、生まれてから数か月、時には年単位で入院が続く赤ちゃんもいる。生後間もない赤ちゃんは、言葉で自分の気持ちを伝えることができないため、その表情や体の反応、泣き声で気持ちを表すしかない。そのとき、そばにいるお母さんの声や表情がどれだけ重要であるか、臨床の現場では日々実感させられる。
多くのお母さんは、「ちゃんと産んであげられなかった」という強い罪悪感を抱えている。その罪悪感が大きすぎて、赤ちゃんに会うことさえできなくなるお母さんもいる。一方で、罪悪感から、どんなに仕事が忙しくても、深夜に駆けつけ、赤ちゃんの顔を確かめて安心しようとするお母さんもいる。私たち音楽療法士は、そんなお母さんの心を支え、赤ちゃんの発達を促し、親子の愛着形成を手助けする役割を担っている。赤ちゃんが安心して育つ環境を整え、親子双方の心理的安定を支えることが、音楽を通したケアの本質だ。
赤ちゃんにとって、お母さんの声や表情は「安心のサイン」である。「世界は安全で、自分は愛されている」というメッセージを、赤ちゃんはその小さな心で受け取る。しかし、お母さんが無表情で感情のこもらない声で接すると、赤ちゃんは最初、笑顔や声で注意を引こうとするものの、やがて不安になり、泣き始める。それでも反応がなければ、無力感や諦めのような表情を見せることもある。この状態が続けば、愛着形成の問題や言語発達の遅れ、ストレス反応の過剰など、身体的にも心理的にも悪影響が生じる可能性がある。
私はある日、体重が標準より大きく下回る生後二週間の赤ちゃんに音楽療法を行った。お母さんは深くうつむき、赤ちゃんを抱く手も震えていた。私はまず静かな子守歌を小さな声で歌いながら、呼吸のリズムに合わせて手を軽く触れた。すると、赤ちゃんの小さな手がわずかにお母さんの指に触れ、微かに目を開けた。お母さんはその瞬間、驚きと安心の表情を浮かべ、初めて笑顔を見せた。その小さな変化を、音楽が引き出したのだと実感した瞬間だった。
また別のケースでは、黄疸が強く、赤ちゃんがずっと眠ったままで反応が乏しいお母さんがいた。最初、お母さんは自分の声が赤ちゃんに届くか不安で、歌うことすらためらっていた。私はお母さんのそばに座り、手を握りながらやさしく声をかけ、リズムに合わせてゆったりとした旋律を一緒に歌った。数分後、赤ちゃんが目を細めて口をわずかに動かした瞬間、お母さんの肩がふっと緩んだ。私はそのとき、「音楽が親子の橋渡しになれる」ということを改めて感じた。
だからこそ、お母さんの優しい声やまなざし、そしてそこに寄り添う音楽が重要になる。音楽療法士が奏でる音楽は、単に心地よい響きであれば良いわけではない。クライアントの医学的状態を理解し、心理的な気持ちを汲み取り、場合によっては家族や地域のサポートも視野に入れる必要がある。技術的な引き出しが多ければ表現の幅は広がるが、何よりも大切なのは「寄り添おうとする気持ち」だ。どれだけピアノが上手でも、相手の心に耳を傾けられない人は音楽療法士にはなれない。逆に、技術がそれほどでも、一生懸命に寄り添おうとする音楽は、驚くほど心に届くことがある。
臨床現場では、音の大きさやテンポ、音色一つで赤ちゃんやお母さんの反応が大きく変わることもある。たとえば、落ち込んでいる人の呼吸に合わない速いテンポで音を出しても、心は安心しない。逆に、呼吸や心拍に寄り添ったゆったりとした音は、不安を和らげ、安心感をもたらす。音楽療法士は、医学的・心理的知識を駆使しながら、相手にとって最も心地よい音を選び、その場で即座に調整することが求められる。
今朝のNHKの朝ドラでは、「子どもが生きていくために必要なのは、食べ物や住まい、そして音楽や物語や詩。精神の栄養ですね」という言葉があった。まさにその通りだと思う。音楽療法士の仕事は、単に音楽を届けるだけでなく、安心感や愛情、自己肯定感といった「精神の栄養」を届けることに他ならない。お母さんの優しいまなざしを思わせる音楽、心を温める声、そんな音やリズムを届けられることこそが、私にとって音楽療法士であることの喜びであり使命だ。
私は今日も、音と向き合いながら、誰かの心に寄り添う「まなざし」となれるように、音楽を奏で続けている。そして、音楽がもたらす安心感や愛着の力を、一人でも多くの赤ちゃんとその家族に届けたいと願いながら、日々の臨床に向かっている。
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