たかがふりかけ、されど夫婦
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:森 昭子(ライティング・ゼミ5月コース)
語りかけてくるよ夫婦の朝は、時にふりかけひとつで嵐になる。
「ここに置いてたふりかけ、どこやったの?」
朝、食卓に座った夫の目はちょっと怒っていた。
マズイ……やってしまった。
私は仕方なく「もう終わってると思って捨てちゃったよ」と打ち明けると、
「なんで捨てたの? まだちょっと残ってて、わざわざ残してたのに!」
私が起きた時、食卓には食べ終わったお茶碗と個包装のふりかけが置いてあった。袋は少し丸まって、いかにも「もう終わりました」という様子。どうやら夫はお腹が空いていたようで、私より早く起きて、知らないうちにご飯とふりかけで軽く食べていたのだ。
私は普段から、食卓に何も置かず、きれいな状態にしておきたい性分で、寝る前には必ず片付けをする。飲みかけのコップも残さないのが好きだ。
けれど、再婚して夫と暮らすようになってから、何度か「地雷」を踏んでしまった。
コップにお茶や水がまだ少しでも残っていると、私は「もう飲まないのね」と思って片付ける。すると必ず聞かれるのだ。
「あれ? ここに置いてたコップは?」
私からすると「なんでそんなに少しだけ残しておくの? 飲んでしまえばいいのに!」と思う。
でも夫にとっては、その“少し”を後から飲むことに意味があるらしい。
一緒に暮らし始めた頃は「わざと残しておいたのになんで捨てるの?」と言われ、ムッとされた。そのたびに私は心の中で叫んでいた。
「だったら、今飲んでしまってよ! 全くもう!」
……でも、実は私「そんなの飲んでしまえ!」と夫に面と向かって言えない。
夫がほんの少しコップに飲み物を残すのは、自分の気持ちに素直だからであり、それはつまり自分自身を大切にしている証のように思えてしまうのだ。
夫は、たとえわずかでも「もういらない」と感じたら、それ以上は食べないし飲まない。
だからあの日も、一瞬は頭をよぎった。
「このふりかけ、捨ててもいいかな? またちょっとだけ残してないかな?」
でも、結局、「食卓をきれいにしたい」という私の気持ちが勝ってしまい、ふりかけを「もう終わった」ことにしてゴミ箱へ。
それに気づいた夫が聞いてきた。
「どこやったの?」
私が「ゴミ箱だけど……」と答えると、
「今すぐ拾ってよ!」と夫は語気を強めた。
「えーっ! やめてよ……」
そう思いながらも、ゴミ箱からふりかけの袋を拾って渡すと、夫は黙ってご飯にそれをかけた。確かに少しだけ残っていた。
食べ終えて、夫は言った。
「なんで、なんでもかんでも捨てるの? 注意力散漫だ!」
「俺は、また捨てられたらいけないと思って、わざわざふりかけの口を二つ折りにしてここに置いていたのに!」
私も言い返す。
「だって、ぺちゃんこでそり返って、もう終わりました、みたいな格好してたんだから!」
すると夫の決定打が飛んできた。
「大体、あきちゃんは注意力が足りないんだよ。感覚が鈍いんだよ。ふりかけ振ったら音がするでしょ」
――感覚が鈍い。
その一言が胸に刺さった。私は感性豊かな人でありたいのに。
自分でもどこか「そうかもしれない」と思う部分があるからこそ、余計に悔しくて、悲しくなった。
夫は寝室に引っ込み、私はシンクに立った。重苦しい空気が流れる。
すると寝室から、夫が会社に電話をかける声が聞こえてきた。
「すみません、今日は体調が悪くて休ませてください」
やっぱり休むか……。夫はそんな気持ちのままでは会社に行けない人。きっと仲直りしたい気持ちがあるのだろうと思った私は、家事を片付けてから夫のもとへ行った。
「さっきはごめんね」
当然許してくれると思ったのに、夫は「いや、許さない」と言って、背中を向けたまま眠ってしまった。
謝ったのに許してもらえないなんて……。
モヤモヤが募り、私は夫と同じ空間にいられなくなり、ベランダに出た。
昼下がりの太陽が容赦なくまぶしい。
「ここから飛び降りたら、夫は驚いて飛んできて『俺が悪かった』と言ってくれるだろうか……」と一瞬考えたが、もちろん本気でそんなことをするつもりは全くなかった。
モヤモヤは収まらず、夕方になって私は外に歩きに出た。
私はストレスケアカウンセラー。こんな時は深呼吸しながら歩いて、脳をリフレッシュするしかない。
それに、私が外に出れば、夫が探しにきてくれるかもしれない。
しばらく歩いたが、夫が追いかけてきてくれることはなかった。
でも歩いていると、幸いにもこれまで夫がしてくれたことを思い出せた。忙しい時に食事を作ってくれたこと、一緒に出かけたときの笑顔。
次第に感謝の気持ちも少し湧き上がり、もう一度謝ろうと心に決めた。
帰宅すると、夫はまだベッドに横たわっていた。
部屋は暗く、灯りをつける気にもなれない。重苦しい空気の中で、ただ時間だけが過ぎていった。
やがて夫が起きてきて、意外なことを言った。
「いいこと思いついた! これから俺が捨ててほしくないものは付箋を貼るよ。そうすればわかりやすいだろ?」
私は思わず苦笑いをした。提案は有り難いが、どこか胸に引っかかるものもあった。まるで子ども扱いされているように感じて、少し馬鹿にされた気もしたのだ。
それでも――彼なりに歩み寄ろうとしてくれているのは伝わってくる。
だから私は「ありがとう」と言った。すると彼も「俺も言いすぎた」と肩をすくめた。納得しきれない思いを抱えつつも、二人で笑うことができた。
その夜、友人に話すと、こう返ってきた。
「それはね、自分のことを大事にして欲しかっただけよ。大事にされてないっていう感情が溜まってくると、何かをきっかけにそれが溢れて怒りになるの。怒りの奥に隠れている感情は“わかってくれない”っていう悲しみだから」
確かに私はこのところかなり忙しくしていた。
自分が食べていたふりかけを気にしてくれない=自分のことをわかってくれていない、となったのか。
人は誰だって理解されたいし、大切にされたい。
ふりかけ一つで喧嘩になるのは、きっとその証拠なのだろう。
心理学でいう三大欲求のひとつに「集団欲」がある。仲間の中で理解され、承認されたいという本能的な欲求だ。
ストレスケアで学んだはずなのに、身近な夫にはつい忘れていた。
「理解され、大切にされている」――これは全ての人に当てはまる幸せのツボだ。だから、自分も相手も理解しようと大切にする。そして、その想いを感じ取る観察力も必要になる。
夫はその後、こう言ってくれた。
「俺もあきちゃんに色々やってもらってるから安心して仕事ができるしね」
そう! この一言。この一言で私の心も満たされるのだ。
満たされると、私にも余裕が生まれる。夫の特性を理解し、観察力をフルに発揮して付き合うのも悪くないなと思える。むしろ、それを楽しめたら、私は“コミュニケーションの達人”に一歩近づけるかもしれない。
引き出しの付箋が「ほらほら、仲良くやってね」とうに思えた。
***
この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

お問い合わせ
■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム
■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。
■天狼院書店「天狼院カフェSHIBUYA」
〒150-0001 東京都渋谷区神宮前6-20-10 RAYARD MIYASHITA PARK South 3F
TEL:03-6450-6261/FAX:03-6450-6262
営業時間:11:00〜21:00
■天狼院書店「福岡天狼院」
〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
■天狼院書店「京都天狼院」
〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜20:00■天狼院書店「名古屋天狼院」
〒460-0002 愛知県名古屋市中区丸の内3-5-14先 レイヤードヒサヤオオドオリパーク(ZONE1)
TEL:052-211-9791/FAX:052-211-9792
営業時間:10:00〜20:00■天狼院書店「湘南天狼院」
〒251-0035 神奈川県藤沢市片瀬海岸2-18-17 ENOTOKI 2F
TEL:0466-52-7387
営業時間:
平日(木曜定休日) 10:00〜18:00/土日祝 10:00~19:00