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「おとうさん」と会った話


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:田中優希菜(ライティング・ゼミ5月コ―ス)

 

 

「たなかさんのお母さんってどんなひと?」と聞かれると

「良くできたひとです。すごく尊敬しています」と返すことにしている。

ずいぶん他人行儀だと思われるかもしれないが、客観的にみても素敵な人だと思うのだ。

 

私が中学生の頃、母は転職して、夜勤のある仕事に就いた。

母に叩き起こされてなんとか学校に間に合っていた私は、母がいない朝に遅刻するようになった。

遅れて教室に入るのは億劫だ。そこからだんだんと、朝起きるのが辛くなって、驚くべきロングスリーパーぶりを発揮し、起きたら夕方だった、なんてこともあった。

そんな私をみた母は「こりゃあかんわ」と思ったらしく、転職先をあっさり辞めて、私を起こしてから向かえる仕事に就いたらしい。

 

大人になってからこの話を聞いて、子どものために躊躇いなく人生を変えてしまう母を心から「すごい」と思った。母は「あたりまえやん」と笑っていた。

それから日々を振り返ると、相手のためを第一に置きながら、無理に我慢することなく、今できる自分の好きなことをし続ける母に気づくようになった。

……本当に、良くできたひとだと思う。母として感謝しているし、人として尊敬しているし、もし生まれ変わっても、母の子に生まれたいと思っている。

 

そんな母は、幼少期からおてんば娘だったらしい。

働き出してすぐ結婚し、2人の息子を授かる。が、なんやかんやあって離婚して、シングルマザーになる。

それでも新しい相手をみつけて再婚し、念願の娘(私)が生まれる。

 

そんなこんなで、私には2人の父がいる。

私の実の父は本人の強い希望で「パパ」と呼び、私が会ったことのない兄たちの父は「おとうさん」と呼んで、普段の会話でもなんとなく呼び分けられている。

兄たちは「おとうさん」が大好きで、会ったこともないのに私は「おとうさん」をよく知っている。友達が来たら必ずジュースを奢ってくれる。客人がきたら全員を笑わせてくれる。ちょっと頼りないところもあるけれど、とてもやさしい。そんな人だ。

 

母は今年で68歳になる。90いくつまで生きた私の祖父母(母の両親)が亡くなり、自分の人生を振り返ることもあるようだ。

私が「結婚するなら、どんなひとが良いと思う?」なんて話していると、ぽろっと「いまやったら、おとうさんのこと許せたやろうけどなぁ」とこぼした。

「あん時は、若かったから、ちゃんとしてへんのが許せへんかったけど。ほんまにあのひと、ええひとやったし、一緒におって楽しかったわ」

母がこれだけ褒めるひとは、いったいどんなひとなんだろう。

きっと、素敵なひとなんだろうと、会ったことのない「おとうさん」を想像した。

 

「おとうさん」は、今年で70歳。数年前に兄たちの祖母(おとうさんの母)も亡くなったらしい。きっと彼も、人生を振り返って思うことがあったんだろう。

「〇日、おとうさんと飯いくけど、空いてる?」と長男から連絡がきた。

こうして私は、噂の「おとうさん」と初めて対面することになったのだった。

 

夕方19時。長男と合流して、待ち合わせ場所に向かう。

次男と「おとうさん」はもう改札前で待っているらしい。

緊張するような、別になんともないような、変な感じだった。

次男の見慣れたシルエット越しに、感じの良いおじさんと目が合う。

「よう、久しぶりやなぁ」と目をくしゃっと細めて、長男に声をかける男性に

「はじめまして」とお辞儀すると

「来てくれてありがとうな。ほな、行こか」と軽快に歩き出す。

兄たちはバスケ選手の移籍話に花を咲かせながら、ゆっくりと歩き出す。

先陣を切って歩き出す「おとうさん」と、マイペースな兄たち。

間に挟まれた私は、初対面の「おとうさん」と並んで歩くことにした。

 

別れた元妻の再婚相手の娘と、母親の元彼。普通にきまずい。絶対に。

ところが話し始めてみると、「客人を全員笑わせる」という前評判通り、最近はスマホを教える先生をしているだとか、万博に行ってボランティアの人と1日話していただとか、日常をそりゃあもう楽しそうに話し始める。私の姿をみて「若い頃のお母さんそっくりや」と愛おしそうに笑う。全然嫌な感じがしなくて、不思議な安心感を抱きながら、お店までの15分を過ごした。

 

ご飯を食べながら、若い頃の母の話を聞いた。

お嬢様でちょっと空気が読めない若い頃の母を「そういうところが可愛いねん」と嬉しそうに話す顔が印象的だった。母のことが大好きで、別れたのは全部自分が悪いと笑っていた。

そんな姿をみて、母がこのひとを好きになった理由がわかる気がした。

人が好きなんだろうなぁと思うワンコみたいな素直な性格も、相手を気遣える優しさも、全部大事にしたいのにそんな器用なことはできない不器用な感じも、居心地の良いひとだったなと思う。

私も、そういうひとに出会えるだろうか。自分の人生を、まじまじと振り返る。

 

私の母は、とても素敵なひとだ。

私はまだ自分のことで精いっぱいで、母みたいに周りのために動けることは少ないけれど、自分も周りも大切にするバランス感覚は、私なりに引き継げていると思う。

 

私の父は、たぶん不器用なひとだった。

こうだ、と思ったら曲げないし、失敗してから改善すればいいと思っているタイプだし、自分で失敗するまで理解できないタイプ。

やっかいだけど、物怖じせずに仕事に励めているのは、こういうところを引き継いでいるんだと思う。

 

そして初めて会った「おとうさん」は、とてもやさしくて、居心地の良いひとだった。

血は繋がっていないけれど、このひとと家族になりたいと思うのはよくわかる。

こういうひとと一緒にいると、1人でいるよりずっと、日常が楽しくなるんだろうと思う。

 

自分のことを知りたいと思うとき、自分をどれだけ掘り下げても、出会えない感情がある。それが、家族のルーツを辿ると、ありありとした感情に出会う。

私は今、転職だったり、恋愛だったり、30代を目前にして、自分の人生が大きく変わるかもしれない決断をするタイミングだと感じている。

そういうタイミングで、「おとうさん」に会えてよかった。

私は、自分を大事にして、自分のしたいことをして、そんな私を素敵だと言って笑ってくれるひとと一緒にいたい。

 

そんなひとと出会えるかわからないけれど、いつ出会ってもいいように、素敵な家族に誇ってもらえる自分でいたいと思う。

 

***

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2025-09-04 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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