幸せの証拠品たち ~白髪、しみ、皺、揺れる二の腕~
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記事:YokoKita(ライティング・ゼミ7月コース)
鏡を見ながら思う。
白髪、しみ、皺、そして“たぷたぷ”とした二の腕(通称:振そで)は、年を取ったこと、つまり……おばさんになった、ということを、キッチリと証明してくれる証拠品のようなものだな、と。
「美魔女」という言葉が登場して久しいが、いつまでも若くありたい女性にとっては、どれも決してあってはならない、見えてはならないものばかり。しかし悲しいかな、年齢と同様に、証拠品の数は決して減ることはなく、年々粛々と増えていく。
でも、私はこれらの証拠品たちが大好きだ。いつの頃からか流行り出したグレーヘアブームに乗るまでもなく、もとより白髪を染めるつもりはないし、目元、口元にくっきり刻み込まれた皺をなんとかするために、ナントカ注射をするつもりもない。二の腕の振そでだって上等だ。時々プニプニと揉むと気持ちいい。まるで自家製の癒しグッズのようである。
白髪もしみも皺も振そでも、「ああ、ここまで年を取れたんだなぁ」という幸せを、しみじみと気づかせてくれるステキな証拠の品々なのだ。
そして、鏡を見て笑いながら言う。「あぁ~有難いわぁ!」
私の母は、たったの38年と少し生きただけで逝ってしまった。母が亡くなった時、私はまだ幼かったから、母と過ごした記憶がほんの少ししかない。それを埋めてくれたのは、母の写真だった。どの写真も母が体調を崩す30代半ばくらいまでのものだ。フレームの中に居る母は、若く、美しい。決して美人というわけではないが、若さからくる充実感のようなものが溢れていて、張りがある。
黒々とした髪が誇らしげに写っている。皺もない。今のデジタル写真のように加工されているわけでなくとも、笑っている目尻でさえ皺はほとんどない。そして、夏に撮られた写真には、ノースリーブの袖から細くてすらりとした華奢な腕が伸びている。こんなに細くても、年をとればいつか“振そで”がつくんだろうか、と思う。そう思いながら、少しせつない気分になる。
そのいつかは母には永遠に訪れなかったからだ。
白髪が年を追うごとに増えていく哀しさ、皺やしみがちょっとやそっとの化粧では隠しきれなくなっていく虚しさ、二の腕の振そでにはどんなトレーニングもおばさんにとってはさほどの効果もないことを知る寂しさ、そのどれも、母は経験することなく、若い美しさを保ったまま逝った。
以前、会社の同僚男性が、三十何歳かの誕生日を迎えたとき、「いやぁ親父の年齢を超えられるとは思ってなかったよ」と言ったことを覚えている。彼の親も若くして亡くなっていた。これは親を早くに亡くした人“あるある”なのかもしれないが、私も、母親と同じくらいの年齢で死ぬんじゃないか、と心のどこかでいつも思っていた。同じ血肉を分けた一番自分に近しい存在の、そこから先の姿を知らない。だからその年齢を超えた自分を想像できなかったのだ。
だから、自分が母の年齢に達した時、「追いついた……」と安堵した。そしてそれを超えて、めでたく40代を迎えた時は、同年代の友人が“ついに40代かぁ”と嘆くのをしり目に、「やったー!」と湧きあがる喜びを噛みしめた。
ところが何ということか。その40歳を少し超えたところで大病を経験した。幸い早期発見ではあったが、手術は避けられない状況で、一時期は死を覚悟したことは言うまでもない。亡き母の年齢を超えたと喜んでいたのはぬか喜びだったのか? やっぱり私も同じくらいの年齢で死んじゃうのか? と何十回、何百回思ったか分からない……。
そんな経験をしてからもう十数年経ち、元気になった今、若くして逝った母にも思いを馳せながら、家族や友人、そして自分自身の誕生日にいつも思う。こうして年を重ねられるのは、当たり前のことではない、と。白髪も皺も腕の振そでも、すべての人に、等しく与えられるわけではない。「生きていれば、」という、実はとてもシビアな大前提がある。それも20年や30年生きたくらいでは得られない。40、50、60と年の数を増やすことが出来ればこそ、ようやく手にできる有難い品々なのだ。
平均寿命80数年、いや、今や人生100年時代、なんて言われると、それがごく“普通”の当たり前のことであって、まるで平凡なことくらいに思えてしまう。が、それは、実は普通でも平凡でもなく、簡単なことでも当然のことでもない。いくら生きたいと望んでも叶えられない、いくら抗ってもバッサリと断ち切られてしまうことはいくらでもある。そんな自分ではコントロールできない不確かな命を、どうにかこうにか生きてこられた、そんな幸せの証となるのが、この愛しい証拠品たちなのだ。
まるで勲章とでも言えるようなものを、染めたり、覆ったりして隠すなんて、もったいない! と思う。勲章は堂々と見せるに限る。そして毎日鏡でマジマジとその勲章たちを眺めながら「あぁ~有難いわぁ」と笑うことの何と幸せなことか。
が……、先日美容室で「最近白髪増えましたねぇ」としみじみと言われてしまった。はたまた、ちょっと見学に行ったスポーツジムの受付で、二の腕になんだか熱い視線を感じ、どこからか複雑な気持ちが湧いてきた。
さすがに50代も後半を迎えたあたりから、勲章たちがユラユラと頼りなげに見え始めたことは素直に認めなければならない。いや、それでもやっぱり、今日もぷにぷにした二の腕を揉みながら、「幸せだわ~」とつぶやく。
その幸せの証拠品を集める日々をこれからも重ねていくのだ。目尻に、口角に、皺を刻みながら。
<<終了>>
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