リスク管理 と言う名の 言い訳
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:越光 純(ライティング・ゼミ7月コース)
ジリリン! ジリリン!
内線の黒電話が鳴った。上司からだった。
「仕事が入った。手伝ってくれ!」
「えっ……、はいっ」
2階建ての宿舎が職場敷地内にあり、その2階に住んでいた。人数が少ないから当然のことなのだが諸々の突然への対応を、1年365日、若手の同僚と二人で担っていた。この黒電話、今時の電子音とは異なり、けたたましいベルの音が鳴る。鳴る度にビクッ! としたのを今でもはっきり覚えている。それがまた、よく鳴るんだ、この電話!
日頃どこにも行けず少々気が滅入っていた。今なら「疲弊していた」とでも言うだろうか。やっとのこと上司に頼み込んで月に2日だけ代わってもらえるようになった「完全フリーの日」、その1日のことだ。隣県に住む友人夫婦がこちらに向かっていた。まだスマホどころか携帯電話すらない時代、連絡のとりようがない。汚い字で詫びの手紙を書き、妻に託して職場へと向かった。
薄暗くなった頃ようやく仕事が終わり宿舎へ戻ると、何事もなかったように迎えてもらえた。昼間、どう過ごしていたのだろう。夕食だけ共にすることができた。友人夫婦には、いや妻にもだが、何とも申し訳ない気持ちで一杯だった。
この日を除けば「完全フリーの日」に黒電話が鳴ったことはない。皮肉なものだ。しばらくして、別の友人夫婦が遊びに来てくれることになった。やはり隣県在住だ。「完全フリーの日」を選んで来てもらうようにしたのは言うまでもない。
ジリリン! ジリリン!
……まさか? マジかよ?
「マジ」だった。 なぜこんな日に限って鳴るんだ? 日頃の行いなのか?
今度もまた夕食だけになった。昼間どう過ごしていたか聞いたような気もするし、「前にもこんなことがあってね」と弁解したかもしれないが、正直なところよく覚えていない。何ともいやはや。ハハハ、と笑う元気も出なかった。
誰かを招待しようとすると駄目になる。友人を呼ぶのが怖くなった。それからと言うもの、予定立てても「何か起きてまた駄目になるんじゃないか」と考えるようになってしまった。もともと出不精で優柔不断、人付き合いも苦手。結婚、転勤をきっかけに変わろうと思っていたのに、真逆の結果になってしまったのだ。
「何月何日 ○○があるから参加する?」
「次の休み、何処に行く?」
とか言われても「絶対行ける」と言う確証が持てず、なかなか決めることができなかった。「万難を排して行く」と自信を持って言えなかった。その頃の自分は悪いことばかりを先に考える、行けなくなった時のことばかりを考える癖がついてしまっていたように思う。
なぜか? 根底に「何か起きても穴を空けない為」と思っていた節がある。今にして思えば「言い訳」だったようにも思うが、当時は「リスク管理」の一つとでも思っていたように思う。慎重と言えば慎重だったのかもしれない。素晴らしいことではないか! たぶん、そうとでも思っていたのだろう。ただ、言い訳? 慎重だから? よくわからないが、何かしらの予防線のつもりだったのかもしれない。
そんなので周りとうまく行くはずはなく、妻はダイレクトに話してくるので喧嘩になることもしばしば。職場だけではなく周りの多くの人には迷惑かけ続けてしまったようにも思う。後悔先に立たず! 今更謝って済むことではないが、申し訳ない限りだった。
数十年の時が過ぎ、職場の人員も増え、働き方改革が唱えられ始める頃には、さすがに心の余裕を少し持てるようになり、休み自体は取りやすくなった。
スマホが当たり前の時代でもある。友人のSNSで「よく予約取れたな」と思う宿の記事を見かけることも多く、いつ頃予約してるのか尋ねてみたところ、さも当然のように1年前とか半年前との答えが返ってくるではないか。なるほど、やはりそういうものなのね、と感心してしまったのは、ちょっと恥ずかしかった。
家族旅行と言えば「車旅」が定番だったのだが、これは交通費を安くあげるという貧乏性的な発想からでもあったが、それ以外に、早くから予定を立てるのが「苦手」だったからと以前は思っていた。しかし、その「苦手」と言うのは一つの言い訳にしかすぎなかった。あまりに目の前のこと、直近のことしか目が向いていなかったに過ぎないのを「苦手」と言う言葉で言い訳していたのだ。
自分の情けなさに気付いても歳とるにつれ「変える」ことが難しくなるのも確かで、そもそも「今から長期的展望ってどうよ?」としか思えないし、なかなか変わることができず困った「ふり」をしている。先のこと、休みのことだけでなく万事の予定など考えられない大局観のない貧乏性な自分がいる。だが、時間に迫られることが少なくなってからは、逆にいいこともあった。
本州の西の端から二年続けて東北車旅をした。東北行きの最初のきっかけはTVか何かで観て「八甲田山ロープウエイからの紅葉を見たい!」と思っていたことだった。定年過ぎるまでは日程すらとれなかったが、貧乏性の自分は車旅しか考えなかった。さらに、折角時間かけて遠くまで行くのだからと、他にも行ってみたい、泊まってみたいと思うところが何カ所も出てきてしまう。「酸ヶ湯温泉」「乳頭温泉」などがそのいい例だ。この「酸ヶ湯温泉」「乳頭温泉」だが、そうそう空きがでないところだ。乳頭温泉など半年前でも駄目だった。一体、いつ押さえているのだろうか?
定年後の秋、「酸ヶ湯温泉」の空きをみつけた。とうとう計画実行の時だ。当然の如く乳頭温泉に空きはなかったが、未練たらしく毎日予約サイトを見ていたところ旅行1週間前にキャンセルが出た。やった! 臨機応変に予定を変更できる車旅だからこそできたことだった。
旅の話は極一部、取るに足らない例にすぎないが、自分は大局観とは無縁の、流れのまま、いきあたりばったりの人生を過ごしてきた。後悔先に立たず、その言葉のままなのだが、それが辛く自己嫌悪に悩みもした。ただ、大局観など持たずとも、どうにかここまで生きて来れたのも事実だ。それこそ1年前から予約しなくても乳頭温泉に泊まることもできた。言うまでもないが、決して褒められることでも、おすすめできることでもないので、そこはご注意いただきたい。
このところ同世代の訃報が多く、それに触れるたび「あと何年生きられるのだろう」と考えることが多くなった。この歳になり、もう長期展望を持つことはないだろうし、これまでの失敗を取り返せることもないだろう。これからは、せめて恥の上塗りをしないようにしたいと思うばかりだ。そう言った意味でも、他山の石になれると嬉しいかもしれない。
人生、思うようにならないことが多い、と悩むことはしばしばだ。
とある土曜日の午後、FMラジオから流れてきたパーソナリティ Fさんの言葉
「思いどおりにならないのが人生だ」
今更ながら、ケセラセラ かな!
≪終わり≫
***
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