聞こえても聞こえなくても「お母さん」と呼んでみる
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:及川佳織(ライティング・ゼミ7月コース)
「もう30年以上、『お母さん』と呼んでいない。いつか私にセメントを担ぐ力がなくなったら、田舎に帰り、村はずれのお母さんのお墓の前に横たわろう。そして『お母さん』と呼んでみよう。その時は、私の声がお母さんに聞こえるかもしれない」
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最近、電子書籍で中国の雑誌を読んでいる。『読者』といい、短編小説、コラム、詩などが掲載されている老舗雑誌だ。1記事が数ページで、内容が多彩なので、好きなものを気軽に読める。
先日、強烈な記事に当たった。
街へ出て、いろいろな人に作文を書いてもらうという動画を上げている配信者がいる。その活動の中で、地方から出稼ぎに来て建設現場で働いている60歳くらいの男性に、「私のお母さん」というタイトルで書いてもらった、というものだ。
それは何の変哲もなく、淡々と自分のお母さんのことを書き綴ったものだった。言ってみれば、本当に普通の作文だったのだが、その文章が多くの人に感動を与え、公開されてわずか2日で500万の「いいね」がついたという。
「お母さんは夜明けと共に起き出し、1日中働いていた。みんなの食事が終わってから残り物を食べていた。洗濯で色が抜け、何度もつぎを当てた服しか着ていなかった」
「みんなの料理を作る鉄鍋はとても大きくて重かったのに、お母さんの小さな身体のどこに、あの鉄鍋をあやつる力があったのだろう。それを思い出すと、私も力を出せるのだ」
飾り気のない文章が続く。しかし読み進めるうちに、胸が温かく湿ってくるような気がした。コメントには「彼のお母さんは、私のお母さん、あなたのお母さん、すべての中国人のお母さんだ」と書き込まれたという。
冒頭に引用したのは、その作文の最後の段落である。これを読んで、何かに肩をつかまれたような感じがした。私は? 私は「お母さん」と呼びたいの?
私ももう20年以上、「お母さん」と呼んでいない。最後に呼んだのは、母が亡くなる時だっただろう。今となっては、自分がずっと「お母さん」と呼んでいないことすら忘れていた。母を思い出すことはあっても、声に出すことはおろか、心の中でさえ呼んだことはない。亡くなった人を呼んでも聞こえるわけじゃない、意味のないことだと悟ったように考えていた。
しかし、この作文を書いた人は、もう一度「お母さん」と呼びたいと言う。そうだ、私だって呼びたい。意味があるかないかなんて誰が決めるのだろう。そもそも呼ばなければ、聞こえないじゃないか。
そう思った時、以前に読んだある新聞のコラムを思い出さずにいられなかった。もういつのものかさえ覚えていないが、今でも忘れられない記事である。
作文指導の神様と言われている先生がいた。ある小学校の先生が、その先生に相談をした。自分には、お母さんを亡くした生徒がいる。その子が亡くなったお母さんのことを作文に書いたのだが、何度も何度も「お母さんが」と書くので、「主語は1回でわかるから、こんなにたくさん書かなくていい」と言ったのだが、がんとして直そうとしない。どう指導したらいいか、というものだった。
それに対する神様の回答はこうだった。「直させてはダメです。何度でも、好きなだけ、書きたいだけ『お母さん』と書かせてください」
そうだ、この子はもう、作文の中でしか「お母さん」と呼べない。呼びたいのに、もう呼ぶことができない。その子は、心の中で一番大切な「お母さん」という呼びかけを、あふれるように作文に綴ったのだ。
大切なことを書く。伝えたいことを書く。『読者』で紹介された作文も、この子の作文も、もう一度「お母さん」と呼びたいという願いをまっすぐに伝えている。
私ももう一度呼びたい。生きている時には、あんなに何度も呼んでいたのに、それは単に注意を向けてもらうためだったり、不満をぶつけるためだったりした。母を大切に思っていることを伝えるために、感謝していることを伝えるために呼んだことはなかったのではないか。
もし、もう一度「お母さん」と呼ぶことができたら、と考えてみる。それは何かを伝えるために呼ぶのだろうか。会いたい、生んでくれてありがとう、なぜ早く行ってしまったの、そんなことを伝えたいだろうか。
いや、ただ「お母さん」と呼びたいのだ。呼べなくなると、よくわかる。呼びかける、そのこと自身が、どんなに強い力を持っているか、その声がどんなに確かなものであるか。
電子書籍のタブレットを開いたまま、長い間、ぼんやりと考えていた。もし、呼びかけることそのものに力があるのなら、呼んでみよう。呼びかける声の強さ、確かさが私に力をくれるかもしれない。もしそうだとしたら、それがお母さんの返事だと信じられるだろう。
《終わり》
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