メディアグランプリ

『武士道』で読み解く職場の忠誠──医師がAI×読書会で考えたこと


*この記事は、「ハイパフォーマンス・ライティング」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【2025年6月開講】目標達成するための文章講座「ハイパフォーマンス・ライティング」〜たとえどんなに上手くとも、効果がなければ意味がない。〜

 

記事:前田 さやか(ハイパフォーマンスライティング記事 インフィニティーリーディング体験記)

 

なんなんだ!

天狼院書店は本屋のはずなのに、ハローワークに来たみたいだ。

しかも店主の脳みそはチーズで、私のはスポンジだった。原因はわかっている。乳酸菌も熟成時間も、私にはまるで足りないからだ。

 

今回も私は天狼院書店のインフィニティ∞リーディングに参加した。

このイベントは、週替わりにテーマの書籍が告知される。最初に店主がAIに質問を投げかけ、AIの出した答えを、多方面から分析をして深掘りする。1番の醍醐味は、読書を超えた“思考の探検”を体験できること。

受け終わると、必ず私は人生の景色が変わる経験をしている。

 

しかし毎回、話題についていくのに必死だ。

よくわからない単語が飛び交う。特に哲学や古典がテーマの時……。

原因はわかっている。絶対的に読書量が少ないから、知識がない。

だから最近は、AIをマイ家庭教師にしている。

「こんにちは。インフィニティ∞リーディング受けているのだけど、わからないこと教えて欲しいの」

「お気軽に何でもどうぞ」

AIに話しかけることが日常になった。気軽に質問するこの習慣も、実はこの読書会で学んだ技のひとつだ。

 

時代をつなぐ店主と『武士道』

今回の書籍は『武士道』であった。

この書物は、新渡戸稲造が書いたもので、1900年に英語で出版された。

タイトルは Bushido: The Soul of Japan。

当時の日本は、日清戦争後の「文明国」入りをアピールしている真っ最中。つまり「日本人にも道徳がある」ことを欧米に示す目的で、新渡戸は英語で執筆をした。

 

店主は最初に言う。

「江戸時代は平和だったけど、戊辰戦争で白虎隊は子供たちは切腹したんだよ。今の日本人には無理だよね。死を選ぶなんて! 現代人は武士道がなくなってしまっていて、本当にこのままでいいのだろうかって思う。あと『葉隠』も時間があったらやるからね。絶対に関係があると思う」

意外な問いかけだった。

書物の話になるかと思っていたが、現代人の考え方がテーマだったのだ。

 

店主の知識が溢れ出す。

日本史、世界史全てに脳内ストックがある。

「日露戦争なんて、今のウクライナと同じだよ。しかも援助なんてないのに勝ったから欧米はびっくりするよね。当時のバルチック艦隊っていう強大な相手を倒したからね。しかも陸軍も倒しているし。あり得ないことが起きたんだ」

 

『武士道』は出版後、日本人を知るバイブルとして海外で絶賛されたらしい。

日本人は野蛮人ではない。礼儀と秩序を重んじ、義理深い精神を持っていると知られていった。

 

そして面白いことをAIが語りだす。

「『武士道』はアメリカ大統領ルーズベルトも愛読していました」

“星条旗に忠誠を誓う”というアメリカの精神に、『武士道』が影響した可能性さえあるという。

すかさず店主が返した。

「そうなのか! つまりルーズベルト大統領が『武士道』を読んでアメリカに影響を与えたから、日本は負けちゃったってことじゃん。アメリカにはもともと、ノブレス・オブリージュ──地位のある者ほど責任を果たすべきという考え──の感覚がない国だったんだよ」

 

一冊の本が歴史を変えてしまった。しかも国の精神性に影響を与えていた。

今自分は、歴史を動かした一冊を読み解いていると考えると、胸熱になっていた。

 

『葉隠』というもう一つの魂

話は『葉隠』へ移った。

「『葉隠』が武士道と対照的なテクストなんだ」

店主が取り上げた理由を教えてくれた。

しかし私には何が対照的なのか全く理解できない。

 

家庭教師に「そもそも『葉隠』がどんな書物?」と、聞いてみた。

『葉隠』は、佐賀藩士・山本常朝の談話を田代陣基がまとめた全11巻の書。

享保元年(1716年)ごろ、参勤交代が形骸化し、平和の中で武士の存在意義が揺らいでいた時代に出版された。

つまり、「戦うことのない武士」が、どう生きるべきかを問う書物だったのだ。しかも当時は口述聞書(談話を筆記する形式の書)という性格を持っていた。

 

店主が叫んだ。

「そうか。風姿花伝と一緒だ。観阿弥世阿弥の話だ。あれも最初は口伝書だったよ」

過去のインフィニティ∞リーディングの書籍が出てくる。本の世界が線で繋がることを店主は教えてくれる。

 

さらにAIのまとめに、店主は納得をした。

「『葉隠』は三島由紀夫が絶賛したんだよ。彼も切腹してるんだよ。「死ぬ事と見つけたり」って言葉が有名だけど、これは死を讃美することではないんだね。死の覚悟を通じて恐怖から解放され、完全に生きることを説いているわけだ」

 

私は理解ができずに混乱した。

一体『武士道』と『葉隠』のどこが対照的なのか?

動画を止めて、家庭教師に聞いてみる。

するとAIは、スッキリした答えを示した。

「『葉隠』は“主君が黒でも白と言えば白”といった忠義を重んじ、『武士道』は“盲従ではなく、道義に基づく判断”が尊ばれると説いています」

──なるほど。時代が違えば、理想も変わるのだ。

『葉隠』は江戸時代に書かれていて、絶滅しそうな武士のために書いた書物。しかし『武士道』は、明治時代で戦争が起きていた時に書かれたものである。



ナッシュ均衡と医療現場

さらに店主の話が飛躍した。

「レベルの高い集団ならナッシュ均衡はいいけど、レベルに差があると葉隠的なトップダウンの組織の方がいいよね」

ナッシュ均衡?

無理だ。

店主の脳みそがチーズに思えた。色々な情報が詰まり、熟成されている。

自分の脳からは、カラカラの乾いたスポンジの音がした。知らない言葉が出てくるなら、やっぱり調べるしかない

 

ナッシュ均衡とは?

経済学・ゲーム理論の概念で、「お互いが自分の最善を尽くしている状態」を指す。誰も戦略を変えても得をしない状態。つまり、全員が最適なバランスを保っている社会のことだ。

 

店主は言う。

「会社が大きくなるといい人材が入ってきて、元々いた人がやめることってよくあるよね。Googleがまさにそう」

最初はナッシュ均衡で最適なバランスをとっていても、いつか崩れてしまう。そして組織は新しくなっていく。

 

私はハッとした。

医療の世界にも、まさにその状態がある。

大学病院で経験を積んで、A病院へ派遣された時のことを思い出した。そこはナッシュ均衡の職場だった。

皆が役割を理解し、互いに干渉せず最善を尽くしていた。

だがA病院へ移って半年後、1人の先生が辞めた時、上司がふと言った。

「君たちが来てレベルが上がったから、あの先生は居られなくなったんだね」

私たちのせい? どういう意味かと胸がざわついた。

今思えば、それはナッシュ均衡が崩れた瞬間だったのだ。

 

次に勤めたB病院は、完全に葉隠的だった。

トップの命令は絶対。日々の仕事に「救急車○台」「外来患者○人」というノルマや、「患者を増やすためにできることを、各自考えてレポートを提出」という課題が出された。また売り上げが落ちれば、名指しで叱られることもあった。私は義務感に息が詰まり、医局へ相談し退職を決めた。

 

大学病院も葉隠的な組織だったが、なぜか耐えられた。

違いは一つ。尊敬できるトップがいたことだ。

教授が部下を大切にしてくれていた。忠誠とは、恐怖ではなく信頼から生まれるものだと知った。

 

しかし私は甘いのかもしれない。山本常朝に聞かれたら言われそうだ。

「お主は現代の日本人に私も染まっている」と。

 

チーズ脳の店主に学ぶ

今回の読書会を通じて、私は一つの答えを得た。

「どんな組織に属するにしても、トップがどんな人なのかを理解しておくべきだ」

特に葉隠的な職場ほど。

 

私がハローワークに来たような気分になったのは、そのせいだ。

『武士道』や『葉隠』の話を聞きながら、私は職場探しの基本に立ち返っていた。

 

本を読むとは、過去の思想を学ぶことではない。自分の今を見つめ直すことだ。天狼院のインフィニティ∞リーディングは、まさにその鏡を差し出してくれる。

 

店主の脳みそは熟成されたチーズ。私はまだ未熟なスポンジ。

でもAIという乳酸菌と読書という時間があれば、私も熟成したチーズになれるだろう。

 

結び

今回の読書会は『武士道』を通じて「忠誠とは何か」「組織とは何か」を問う時間だった。AIと人間が共に読み解くことで、過去の書物が今を照らす。私はその不思議な光に包まれながら、次の読書に向かっている。

 

ハローワークのように自分を見つめ直す場所――

それが、天狼院書店なのかもしれない。

 

 

《終わり》




***

この記事は、天狼院書店の目標達成するための文章講座「ハイパフォーマンス・ライティング」を受講した方が書いたものです。「ハイパフォーマンス・ライティング」では、執筆いただいた記事をフィードバックしてもらえます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店/天狼院書店の公式noteのマガジン「READING LIFE/天狼院読書クラブマガジン」にアップされます。

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2025-10-23 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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